矢坂正弘氏(国立病院機構九州医療センター) |
第37回日本脳卒中学会総会(2012年4月26〜28日)では「本邦と欧米でのガイドラインの違い」と題したシンポジウムが4月28日に行われた。ガイドラインは検討された時点での診断や治療に関するエビデンスやコンセンサスにもとづき作成される。基本方針は各国ほぼ共通しているものの,使用される薬剤やその投与量のほか,人種特性や医療実態に応じて,若干の相違が認められる。
ここでは,国内外のガイドラインにおける急性期から慢性期の抗血栓療法について,矢坂正弘氏(国立病院機構九州医療センター)が発表した内容を紹介する。
●血栓溶解療法
わが国の脳卒中治療ガイドライン20091)では,血栓溶解療法は脳梗塞発症から3時間以内,アルテプラーゼ0.6mg/kgの投与が推奨されている。
欧米では,発症後3時間超から4.5時間以内の虚血性脳血管障害急性期患者に対するアルテプラーゼの安全性が示されたECASS III2)の結果を受け,米国心臓協会(AHA)/米国脳卒中協会(ASA)の脳梗塞管理ガイドライン3),欧州脳卒中機構(ESO)の脳梗塞,一過性脳虚血発作(TIA)ガイドライン2008 4)とも一部改訂され5, 6),発症後4.5時間までの患者に対し,アルテプラーゼ0.9mg/kgの投与が推奨されている。わが国でも現在対応を検討中であるが,今秋には発症後4.5時間までの患者に投与可能になる見込みである。
投与量については,欧米の0.9mg/kgに対して日本は0.6mg/kgと低用量であるが,独自の用量設定による臨床試験(J-ACT)7)から欧米の用量に匹敵する効果が得られるという結果を踏まえて認可された。その後,市販後調査J-MARS8)の結果から0.6mg/kgの静注療法の安全性・有効性が実地臨床下においても確認され,さらに,欧州での観察研究SITS-MOST9)の対象患者と,年齢,投与前重症度を調整して比較したところ,発症3ヵ月後の転帰良好例(mRS 0〜1)はいずれも39%と,同じ割合であったことが明らかにされた。アルテプラーゼは体重により投与量を調整するため,投与量の差異は体格差だけでは説明がつかないが,わが国での推奨投与量は民族差を反映し減量され,その結果,欧米に匹敵する結果が得られたことは大きな意味をもつ。
●脳梗塞急性期の抗血栓療法
脳梗塞急性期における抗血栓療法は,この10年間であまり進歩がみられない。抗凝固療法として,わが国の脳卒中治療ガイドライン2009では,心原性脳塞栓症を除く脳梗塞に対してアルガトロバンが推奨され(グレードB),ヘパリンやヘパリノイドに関しては2004年版の「十分な科学的根拠はない」(グレードC1)という表記のまま長期間経過している。
抗血小板療法については,発症後5日以内の非心原性脳梗塞に対してはオザグレルナトリウムがグレードB,48時間以内の脳梗塞患者に対してはアスピリンがグレードAで推奨されているが,抗凝固療法と同様,この数年間あらたな進展はみられていない。
ESOの虚血性脳卒中,TIAガイドライン2008をみてみると,オザグレルナトリウムについての記載はなく,発症後48時間以内にアスピリンを開始することが推奨されている(クラスI,エビデンスレベルA)。
●脳梗塞慢性期の抗血栓療法
非心原性脳梗塞の再発予防について,わが国の脳卒中治療ガイドライン2009では,抗血小板療法としてアスピリン,クロピドグレル(以上グレードA),シロスタゾール,チクロピジン(以上グレードB)が推奨されている。同ガイドラインは,脳卒中二次予防効果についてシロスタゾールのアスピリンに対する非劣性が認められた試験CSPS II 10)前に改訂されたもので,CSPS II以降に改訂された日本循環器学会の循環器疾患における抗凝固・抗血小板療法に関するガイドライン(2009年改訂版)11)ではアスピリン,クロピドグレルに加えシロスタゾールもクラスIとして推奨されている。
AHA/ASAの脳卒中/TIA患者における脳卒中予防ガイドライン2010 12)では,非心原性脳梗塞に対する抗血栓療法として,抗凝固療法よりも抗血小板療法のほうが推奨され,アスピリン単独(クラスI,エビデンスレベルA),アスピリン+徐放性ジピリダモール合剤([わが国では開発中止]クラスI,エビデンスレベルB),クロピドグレル単独(クラスIIa,エビデンスレベルB)が推奨されている。
ESOの虚血性脳卒中,TIAガイドライン2008でも抗血小板療法が推奨されているが,薬剤の推奨内容はAHA/ASAガイドラインとは若干異なっており,アスピリン+徐放性ジピリダモール合剤,クロピドグレル,代替薬としてアスピリン単独,triflusal単独があげられている(いずれもクラスI,エビデンスレベルA)。
●心房細動患者における再発予防
わが国の脳卒中治療ガイドライン2009では,非弁膜症性心房細動患者における脳梗塞再発予防においては,ワルファリン(プロトロンビン時間国際標準比[PT-INR])2.0〜3.0)がグレードAとして推奨されている。ただし,70歳以上では低用量(PT-INR 1.6〜2.6)がグレードBで推奨されており,この点が欧米とは大きく異なる点である。2011年に日本循環器学会より緊急ステートメント13)が発表され,非弁膜症性心房細動患者に対する抗血栓療法として,ダビガトランの推奨が追加された。日本循環器学会では4〜5年に一度ガイドラインの改訂が行われるが,ガイドラインという位置づけではなく,その間に新しい抗凝固薬が登場し大きな変化がもたらされたことから,緊急のステートメントという形で発表された。
欧州心臓病学会の心房細動管理ガイドライン14)では,2010年に大きな改訂がなされた。これまでレートコントロールや除細動を第一に考慮すべきとされていたが,抗凝固療法がそれより上位に記載されたのである。また,新たな塞栓症リスクスコア(CHA2DS2VAScスコア),出血リスクスコア(HAS-BLEDスコア)の導入も特筆すべき点である。
米国ではダビガトランの認可を受け,2011年に米国心臓病学会財団(ACC)/AHA/ Heart Rhythm Society(HRS)の心房細動管理ガイドラインについてダビガトランに関するアップデートが発表され15),非弁膜症性心房細動患者で重度腎不全や進行性肝疾患のない場合にワルファリンの代替薬としてクラスI,エビデンスレベルBとして推奨された。またカナダ心血管疾患協会の心房細動ガイドライン201216)では,さらに一歩進んでCHADS2スコア1点以上の患者において,新規抗凝固薬がワルファリンよりも積極的に推奨されるという記載が追加された。
最後に,ステント留置後の心房細動患者に対する抗血栓療法については,抗血小板薬と抗凝固薬との併用が余儀なくされることが多く,いかに血栓リスクと出血リスクとのバランスをとるかが重要となる。近年,欧州心臓病学会の心房細動管理ガイドラインなどでは,12ヵ月以降は抗凝固薬による単独療法を推奨する指針が示されており,今後,出血合併症のさらなる低減に期待したいと考える。
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