赤尾昌治氏 |
伏見心房細動患者登録研究(Fushimi AF Registry)の結果から,日本の臨床現場での抗凝固療法の普及率は約半数と十分ではなく,行われたとしても低い強度でのコントロールが行われているという現状が明らかになった。さらに,サブグループ解析の結果から,日本人の心房細動患者の特徴に関する興味深い知見も報告された。
第86回米国心臓協会学術集会(AHA 2013)にて,赤尾昌治氏(京都医療センター循環器内科医長・診療科長)が11月20日,高林健介氏(京都医療センター循環器内科),石井充氏(同)が11月19日に発表した内容をまとめる。
●背景・目的
伏見心房細動患者登録研究(Fushimi AF Registry)は,2011年3月,京都市伏見区における心房細動患者を可能な限り全例登録し,患者背景や治療の実態調査,予後追跡を行うことを目的として開始された。同区の人口は283,000人で,人口構成は日本全体とよく一致しており,日本の都市型地域医療の典型例であると考えられる。
本研究の患者登録基準は心電図またはホルター心電図で心房細動が認められた症例とし,除外基準は設けなかった。参加施設は,欧州心臓病学会(ESC)での発表時(2013年4月時点の解析)から1施設増え78施設(高度循環器専門施設2施設,小~中規模病院10施設,開業医クリニック66施設)で,2011年3月~2013年4月の期間中,3,661例(人口の1.3%)が登録された。
本解析では,2013年9月時点で1年間の追跡が完了した2,787例について,その患者背景や臨床的転帰などを評価した。
●患者背景
登録時および1年後の時点における抗凝固療法施行率は,それぞれ53.9%および54.8%であった。内訳は,ワルファリンが51.6%および48.8%,ダビガトランが2.3%および5.3%,リバーロキサバンが0%および0.7%で,本研究では大半の症例が新規経口抗凝固薬の普及以前に登録されたことから,抗凝固療法の大半はワルファリンであった。 抗凝固療法の有無別の患者背景は,平均年齢74.2歳および73.4歳,平均CHADS2スコアはそれぞれ2.3および1.8と,抗凝固療法あり群で高かった。
プロトロンビン時間国際標準比(PT-INR)をみたところ,全体では53.9%が至適治療域内であった。しかし,70歳以上(至適治療域:PT-INR 1.6~2.6)では65.2%であったのに対し,70歳未満(至適治療域:PT-INR 2.0~3.0)では26.2%にすぎず,至適治療域外の患者のほとんどが治療域未満であった。
●結果
1年間の追跡期間における脳卒中発症率は,抗凝固療法あり群およびなし群でそれぞれ2.9%および3.3%,大出血発現率は1.5%および1.6%と,いずれも有意差は認めなかった。一方,全死亡率は5.5%および9.3%と,抗凝固療法なし群で有意に高かった。
新規経口抗凝固薬の第III相試験1, 2)とくらべて,Fushimi AF Registryでの脳卒中の発症率が高く,大出血の発現率が低かったことは(第III相試験では脳卒中1.5%,大出血3%程度),抗凝固療法を受けている患者が全体の約半数にとどまっていること(抗凝固薬のunder-use)が背景にあると考えられた。さらに,抗凝固療法が行われている患者においても,出血を怖れてPT-INRが低くコントロールされている結果,脳卒中予防が不十分である(抗凝固薬のunder-dose)現状が明らかになった。
●結論
Fushimi AF Registryは,日本のリアルワールドにおける心房細動診療の実態を反映するものである。抗凝固療法の普及は約半数と十分ではなくunder-useであること,また行われたとしても低い強度でのコントロールとなっており,under-doseであることが明らかになった。そのため,出血イベント発症率は比較的低いが,血栓塞栓イベント予防が不十分である可能性が示唆された。
高林健介氏 |
サブグループ解析:心房細動の病型による脳卒中の発症に差はあるのか?
発作性心房細動(PAF)の脳卒中発症リスクは,持続する心房細動(持続性もしくは永続性;SAF)と同様とされているが,日本人患者ではどうなのか-。高林健介氏(京都医療センター循環器内科)は,2013年4月時点で1年間の追跡が完了した2,548例について,PAF患者1,197例(47%)およびSAF患者1,351例(53%)に層別し,その患者特性や転帰を検討した。
●患者背景
PAF患者はSAF患者にくらべ若齢で(72.4歳および74.8歳,p<0.01),男性が少なく(43.9%および56.2%,p<0.01),有症候性の症例が多かった(66.4%および36.1%,p<0.01)。脳卒中既往(15.5%および21.9%,p<0.01),心不全(17.3%および35.3%,p<0.01),慢性腎臓病(32.5%および37.0%,p=0.02)は少なく,平均CHADS2スコアは低かった(1.87および2.24,p<0.01)。また,登録時に抗凝固療法を受けていた割合は顕著に低かった(38.8%および66.6%,p<0.01)。
●結果
1年間の追跡期間における脳卒中発症率は,PAF患者2.3%およびSAF患者3.2%で,PAF患者で低い傾向にあったが,有意な差はなかった(p=0.15)。PAF患者では心不全による入院が有意に少なかったが(2.9%および6.5%,p<0.01),大出血,全死亡は同程度であった(大出血:両者1.7%,p=0.95,全死亡:6.5%および7.2%,p=0.46)。
●結論
PAF患者はSAF患者にくらべ抗凝固薬投与率が有意に低かった。1年間の追跡期間における脳卒中発症率には両病型間で差はないものの,発症率はPAF患者で低い傾向にあった。PAF患者ではSAF患者にくらべ,若齢で,CHADS2スコアは低かったことが起因している可能性がある。
石井充氏 |
サブグループ解析:日本人の心房細動患者において,糖尿病の合併は脳卒中発症のリスクとなるのか?
糖尿病は心房細動患者における脳卒中発症のリスク因子とされており,塞栓症リスクスコアであるCHADS2スコアの項目にもあげられているが,良好にコントロールされている場合でもリスク因子となるのか-。石井充氏(京都医療センター循環器内科)は,2013年4月時点で登録された3,661例について,糖尿病患者825例(22.5%)および非糖尿病患者2,836例に層別し,患者特性や転帰を検討した。
●患者背景
糖尿病合併患者と非合併患者では年齢に有意差はなかったが(73.9歳および74.1歳),男性の割合が有意に多かった(64.5%および57.3%,p<0.01)。糖尿病合併患者では,脳梗塞既往は同程度であったが(18.6%および16.9%,p=0.28),心不全(29.7%および26.2%,p=0.046),高血圧(73.2%および57.2%,p<0.01)など併発疾患が多く,結果としてCHADS2スコアが有意に高かった(2.99および1.79,p<0.01)。また,抗凝固薬投与率も糖尿病合併患者で有意に高かった(55.2%および49.3%,p<0.01)。
●結果
糖尿病合併患者のうち,13.8%にインスリン製剤が,また40.4%に経口の血糖降下薬が投与されていた。糖尿病の有無は脳梗塞の既往に有意差を示さず,糖尿病の治療内容や調整状況でも同様に,脳梗塞の既往に有意差を示さなかった。
1年間の追跡期間における糖尿病患者の脳梗塞発症率は1.8%で,非糖尿病患者2.1%と同程度であった(p=0.62)。抗凝固療法の有無に分けて解析すると,抗凝固療法を受けている患者での比較では,有意差はなかったものの,糖尿病合併例で脳梗塞の発症率は低い傾向があった(糖尿病患者0.93%および非糖尿病患者2.49%,p=0.06)。一方,抗凝固療法を受けていない患者での比較では,有意差はないものの,脳梗塞の発症は糖尿病合併群で高かった(2.18%および1.39%,p=0.41)。
●結論
本研究においては,日本人の心房細動患者において,糖尿病の有無は脳梗塞の既往や新規発症に関与せず,糖尿病の合併は脳梗塞発症のリスク因子にならない可能性が示唆された。しかし,抗凝固療法が行われていない糖尿病合併患者では,有意差はないものの脳梗塞の発症は増加しており,抗凝固療法の重要性が示唆された。
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