代田浩之氏(順天堂大学大学院医学研究科循環器内科学) |
日本人の急性冠症候群(ACS)治療における入院中および長期予後は先行研究にくらべ良好であり,冠動脈インターベンション(PCI)施行率,手技成功率はともに高い——第77回日本循環器学会学術集会(3月15日〜17日,パシフィコ横浜)で15日に行われた「Late Breaking Cohort Studies 2」にて,代田浩之氏(順天堂大学大学院医学研究科循環器内科学)が報告した1)。
●背景・目的
日本人は欧米人にくらべアテローム血栓性心血管イベントリスクが低いとされているが,イベント発症率は近年上昇している。しかし,日本人のACS患者における再発イベントの頻度や薬物療法の有効性に関するデータは乏しい。前向き観察研究PACIFIC Registryでは,ACS患者における急性期および長期治療の現況を評価し,退院後の予後に及ぼす影響についても検討を行った。
●対象患者
2008年5月〜2009年5月,日本の96施設において,入院から7日以内のACS患者3,597例を前向きに登録した。追跡期間は2年。主要評価項目は主要有害心・脳血管事象(MACCE,心血管死+非致死的心筋梗塞+非致死的脳卒中),副次評価項目は全死亡,致死的心筋梗塞(MI),致死的脳卒中,他の心血管死,非心血管死,非致死的心筋梗塞または不安定狭心症など。
●結果
対象患者のACS病型の割合は,ST上昇型心筋梗塞(STEMI)59%,非ST上昇型ACS(NSTE-ACS)40%(NSTEMI 10%および不安定狭心症30%)であった。年齢(中央値)はSTEMI群66歳でNSTE-ACS群69歳にくらべ若く,その他に喫煙経験または現喫煙(59%および51%),糖尿病(34%および37%),高血圧(68%および79%),脂質異常症(64%および71%)について有意差が認められた(すべてp<0.05)。性別(男性78%および76%),body mass index(BMI,24および24)については,有意差は認められなかった。
PCIは94%に行われ,そのうち94%で手技成功が得られた。手技の内訳は,経皮的古典的バルーン血管形成術(STEMI群16%およびNSTE-ACS群18%),ベアメタルステントのみ留置(73%および46%,p<0.05),薬剤溶出性ステント(DES)留置(21%および44%,p<0.05)であった。薬物療法については,抗血小板薬投与率は退院時99%(2剤併用93%),1年後92%(同63%),2年後85%(同50%),経口抗凝固薬投与率は退院時11%,1年後9%,2年後9%であった。
主要評価項目であるMACCEの2年間での累積発生率はSTEMI群7.48(95%CI 6.42〜8.71)%で,NSTE-ACS群4.75(95%CI 3.75〜6.02)%にくらべ多かった(p=0.0014)。経時的にみると,両群間に有意差がみられたのは入院中のみで(4.1%および1.3%,p<0.001),退院から1年後まで,および1年後から2年後までについては,有意差は認められなかった。この結果は先行研究2〜5)とほぼ同様であった。
全死亡の2年間での累積発生率はSTEMI群7.1%で,NSTE-ACS群5.1%にくらべ多かった(p<0.05)。全死亡もMACCEと同様に,両群に有意差がみられたのは入院中のみで(2.7%および0.7%,p<0.001),その後は有意差は認められなかった。この結果についても先行研究3〜7)とほぼ同様であった。
その他の副次評価項目は,STEMI群で致死的心筋梗塞が多く(2.2%および0.6%,p<0.05),非致死的MI/不安定狭心症は少なかったが(4.2%および7.0%,p<0.05),非致死的脳卒中(2.4%および2.1%),入院または輸血を要する出血(5.1%および5.1%)などは同程度であった。
多変量解析によると,MACCEの予測因子は,推算糸球体濾過量(eGFR)<60mL/分(HR 2.04),Killip分類≧2(HR 2.00),HbA1C(HR 1.20,1%上昇ごと)であった(いずれもp<0.05)。全死亡の予測因子は,eGFR<60mL/分(HR 3.45),Killip分類≧2(HR 2.36)75歳以上(HR 1.74),女性(HR 1.60),脂質異常症(HR 0.59)であった(いずれもp<0.05)。
●結論
本研究は,現在のわが国におけるACSの治療と予後に関する長期の大規模データを示すものである。ACS患者を対象としたGRACEなどの先行研究と比較し,入院中および長期予後は良好であった。PCI施行率,手技成功率はともに高く,これにより予後良好がもたらされているものと考えられた。
吉野秀朗氏(杏林大学大学院医学研究科循環器内科学) |
コメンテーターの吉野秀朗氏(杏林大学大学院医学研究科循環器内科学)は,PACIFIC Registryでは先行研究7〜9)にくらべ,STEMI例が約60%と多く,逆にNSTE-ACS例,特にNSTEMI例が10%と少なかったことに注目した。本研究の特徴は予後が非常によいことであるが,薬物療法の充実の他,日本では,ほとんどの症例にPCIが選択され,その成功率も高いこと,また現在ではDESの普及などPCIの手技も進化してきていることなどを挙げた。一方,ショック例や3枝病変例などの重症例が含まれていない可能性があることを指摘し,日本人ACS患者のさらなる実態把握には,全例登録やインフォームドコンセントのとりかたが今後の課題であるとした。
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