奥村 謙氏(弘前大学医学部循環器・呼吸器・腎臓内科) |
心房細動患者における脳梗塞予防については,近年新規経口抗凝固薬が相次いで発売されており,国内外のガイドラインにおけるそれらの位置づけに注目が集まっている。ここでは,第77回日本循環器学会学術集会(3月15〜17日,パシフィコ横浜)で17日に行われたトピックス「新しい時代を迎えた心原性脳塞栓症の予防と治療(心と脳からなる新たなる展開)」での奥村謙氏(弘前大学医学部循環器・呼吸器・腎臓内科)の発表内容を紹介する。
●心房細動における抗凝固療法の重要性
心房細動の治療戦略はこの10年で大きく変わったといっても過言ではない。それまで心房細動患者に対しては,洞調律維持のための抗不整脈療法により生命予後が改善されると考えられてきた。しかし,近年相次いで発表された臨床試験結果から,心原性脳塞栓症の発症が生命予後にもっとも影響することが明らかになり,その予防としての抗血栓療法に重点が置かれるようになってきた。
2004年に発表された日本循環器学会(JCS)の「不整脈薬物治療に関するガイドライン」をみてみると,この時点ですでに,心房細動自体の治療を行う前にまず「抗凝血・抗血小板療法」を行うとしており,脳梗塞/一過性脳虚血発作(TIA)の既往,糖尿病,高血圧,冠動脈疾患,心不全,弁膜症,加齢(75歳以上)のいずれか1つを有すれば原則としてワルファリンを投与するとしていた。欧州心臓病学会(ESC)が2010年に発表したガイドラインでも,心房細動治療の進め方として,レートコントロール/リズムコントロールを行う前にまず血栓塞栓リスクの評価を行い,抗凝固療法の要否を判断するとしている。
●CHA2DS2-VAScスコアスコアは真の低リスク評価が可能
これまで,心房細動患者の脳梗塞発症リスクの評価法としては,心不全,高血圧,年齢(75歳以上),糖尿病,脳卒中/TIAの既往を指標としたCHADS2スコアが活用されてきた1)。CHADS2スコアは0点が低リスク,1点が中等度リスク,2点以上が高リスクとされるが,0点の症例でも脳梗塞の年間発症率が高く,抗凝固療法適応の判断に用いるには限界がある。そこで提唱されたのが,ESCガイドライン2010で発表されたCHA2DS2-VAScスコアである2, 3)。これは真に低リスクの患者を同定するものとして,CHADS2スコアに血管系疾患,年齢(65〜74歳),性別(女性)を新たな基準として加えたものである。
ワルファリン非投与の非弁膜症性心房細動患者73,538例を対象に,両スコアにより血栓塞栓症発症率を評価したDenmark Nationwide Cohort Studyでは,CHADS2スコア0〜1点の症例は全症例の53%と過半数を占めていたのに対し,CHA2DS2-VAScスコア0〜1点は20%であった。両スコアの0点例での血栓塞栓症発症のリスクをみると,CHADS2スコアでは1.67%/年であったが,CHA2DS2-VAScスコアでは0.78%/年であった4)。
ワルファリン非投与の非弁膜症性心房細動患者90,490例を対象としたSwedish Atrial Fibrillation Cohort Studyでも,血栓塞栓症発生率はCHADS2スコア0では0.9%であったのに対してCHA2DS2-VAScスコア0では0.3%となり,より低い数値を示していた5)。なお,各リスク因子別にみてみると,75歳以上の血栓塞栓症発症リスクは65歳未満にくらべ5.28倍となっており,年齢が重要な因子であることがわかった。
日本では,J-RHYTHM Registry登録の心房細動患者7,384例についてスコア別の分布をみたところ,CHADS2スコア0および1点の症例は全症例の50%であったのに対し,CHA2DS2-VAScスコア0および1点では22%であった。
このように,CHA2DS2-VAScスコアはCHADS2スコアにくらべ0点の症例における塞栓症発症率が低く,真に低リスク例の判定において有用なリスク評価法と考えられる。
●新規経口抗凝固薬の推奨
2013年3月現在,日本では,新規経口抗凝固薬のダビガトラン,リバーロキサバン,アピキサバンが,非弁膜症性心房細動患者における虚血性脳卒中または全身性塞栓症の発症抑制を目的として使用可能である。いずれの薬剤も,有効性主要評価項目(脳卒中/全身性塞栓症)はワルファリンに対する非劣性ならびに優越性が,頭蓋内出血については3剤とも有意な抑制が認められた6〜8)。
この結果を受け,各国からステートメントあるいはガイドラインのアップデート版が発表された。刊行年次の違いの他,それぞれの国の状況により,エビデンスの捉え方や,使用される薬剤およびその投与用量などが若干異なる。しかしながら,考え方自体はほぼ共通しており,いずれも非弁膜症性心房細動患者に対する抗凝固療法として新規経口抗凝固薬を推奨する内容となっている。おもな推奨内容は以下の通りである。
2011年米国心臓病学会(ACC)/米国心臓協会(AHA)/米国不整脈学会(HRS)心房細動管理ガイドラインの部分的アップデート:ワルファリンに代わる薬剤としてダビガトランを推奨(クラスI,エビデンスレベルB)9, 10)。
2012年AHA/米国脳卒中協会(ASA)Scientific Advisoryの勧告:ワルファリン(クラスI,エビデンスレベルA),ダビガトラン,アピキサバン(ともにクラスI,エビデンスレベルB),リバーロキサバン(クラスIIa,エビデンスレベルB)を推奨11)。
2012年ESC心房細動管理ガイドラインの部分的アップデート:CHA2DS2-VAScスコア2点以上では経口抗凝固薬を推奨(クラス1,エビデンスレベルA),1点以上では考慮2)するが,新規経口抗凝固薬(ダビガトラン,リバーロキサバン,アピキサバン)を最善の選択肢として推奨。
2012年カナダ心血管疾患協会(CCS)ガイドライン: 原則CHADS2スコアを用い,0点の場合には,CHA2DS2-VAScスコアの概念を考慮し,1点以上では経口抗凝固薬としてワルファリンよりも新規経口抗凝固薬(ダビガトラン,リバーロキサバン,アピキサバン)を推奨。なお,ほとんどの患者にワルファリンよりも新規経口抗凝固薬(ダビガトラン,リバーロキサバン,アピキサバン)を推奨している。
日本では,2011年8月に心房細動における抗血栓療法に関する緊急ステートメントがJCSより発表され,CHADS2スコア1点および2点以上の非弁膜症性心房細動患者に対してはワルファリンに加えダビガトランも推奨された。現在,「心房細動(薬物)ガイドライン(2008年改訂版)」改訂作業が進行しており,リバーロキサバン,アピキサバンの2剤がどのように位置づけられるか注目が集まっている。奥村氏は「2013年12月頃までにはなんらかの形で発表されるのではないか」との見解を述べた。
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