心房細動管理におけるワルファリン療法の実態と至適治療域に関する検討
-J-RHYTHM Registry-
新博次氏(日本医科大学多摩永山病院) |
J-RHYTHM Registryの結果から,心房細動患者の心原性脳塞栓症の一次予防に関して,ワルファリンのプロトロンビン時間国際標準比(PT-INR)至適治療域は1.6〜2.6と示唆——第38回日本脳卒中学会総会(3月21〜23日,グランドプリンスホテル新高輪)で22日に行われたシンポジウム2「多分野とのクロストーク1:各領域からみた脳卒中」から,「心房細動と脳塞栓症」をテーマとした新博次氏(日本医科大学多摩永山病院)の発表内容を紹介する。
●血栓塞栓症予防におけるワルファリンの有用性
これまで,心房細動患者における脳卒中および全身性塞栓症の予防にはワルファリンが用いられてきた。ワルファリンの脳卒中予防効果を検討した6試験のメタ解析1)では,非投与にくらべて一次予防で60%,二次予防で70%の相対リスク低下が認められている。しかし,ワルファリンは治療域を適正に維持しないと効果が発揮されない。ワルファリン服用患者における脳梗塞発症リスクの検討では,PT-INR 1.5では2.0に対しオッズ比が 3.3倍に上昇するなど,PT-INRが2.0以下から低下していくほど発症リスクが上昇する傾向がみられた2)。生存率についても,脳卒中発症時のPT-INRが<2.0の群では≧2.0の群にくらべ低下していたことが報告されている3)。このような結果にもとづき,海外ではPT-INRを2.0〜3.0の範囲に管理することが推奨されている。
●日本人におけるPT-INR至適治療域
日本では,脳梗塞後の患者を対象にした二次予防例での検討で,PT-INRが1.60未満では重篤な脳梗塞および全身性塞栓症のリスクが上昇し,一方,2.60以上では重篤な出血性合併症のリスクが上昇したと報告された4)。このほとんどが,70歳以上の高齢者で認められたことから,心房細動治療(薬物)ガイドライン(2008年改訂版)5)では,ワルファリンの至適治療域として70歳未満ではPT-INR 2.0〜3.0,70歳以上では1.6〜2.6が推奨されている。
これは,ワルファリン服用患者のPT-INRを2.0〜3.0にコントロールした場合,アジア人では白人にくらべ頭蓋内出血のリスクが4倍高いとする報告や6),ワルファリン服用患者を対象とした香港のコホート研究7)において,PT-INRが1.8〜2.4の範囲では出血と血栓塞栓症のリスクの両方が抑制されていたことなどからも裏付けられると考えられる。
●一次予防における日本人のPT-INR至適治療域の検討
−J-RHYTHM Registry
一方で,日本人の脳梗塞一次予防におけるワルファリン至適治療域のエビデンスは,これまでに得られていなかった。そこで行われたのが,心房細動患者における抗凝固療法の実態と至適治療域を明らかにすることを目的とした全国規模の登録研究,J-RHYTHM Registryである。
1.対象・方法
J-RHYTHM Registryは,抗凝固療法の有無や心房細動の病型にかかわらず,すべての心房細動患者(外来症例)を対象とした。登録症例数は7,937例である(2009年7月まで)。評価項目は症候性脳梗塞,末梢動脈塞栓症,出血性合併症(入院を要する出血,頭蓋内出血),全死亡で,2年間の追跡期間中にいずれかのイベントが発生した場合は追跡終了とした。
2.結果
ワルファリンの導入率は全患者の87%と,非常に高い値であった。CHADS2スコアは0〜1点が約半数を占めていた。全体における登録時のPT-INR 1.6以上2.60未満は66.0%(70歳未満65.8%,70歳以上66.2%)で,年齢にかかわらずPT-INR 1.6〜2.6を目標として管理されていることがうかがわれた。
追跡率98.9%におけるイベント発症率は508/7,847例(6.5%)で,内訳は血栓塞栓イベント140例(1.8%),出血イベント157例(2.0%),全死亡211例(2.7%)であった。ワルファリン投与例では血栓塞栓イベント発症率が有意に低下し(投与例102/6,681例[1.5%] vs. 非投与例38/1,166例[3.3%],p<0.001),出血イベント発症率は上昇傾向がみられた(141例[2.1%] vs. 16例[1.1%],p=0.122)。血栓塞栓イベント発症率はPT-INRが1.60未満で3.8%(p<0.001)ともっとも多く,出血イベント発症率はPT-INR 2.60以上で8.2%(p<0.001)ともっとも多かった。
これらより,日本での心原性脳塞栓症一次予防におけるワルファリンの至適治療域はPT-INR 1.6〜2.6と示唆された。
●新規経口抗凝固薬と出血/脳梗塞リスク評価法の動向
非弁膜症性心房細動患者に対する抗凝固療法についての,各国のガイドラインの推奨内容を概説する。2012年欧州心臓病学会(ESC)心房細動管理ガイドラインの部分的アップデート8)では,CHA2DS2-VAScスコア2点以上では経口抗凝固薬を推奨,1点以上では考慮としているが,いずれも新規経口抗凝固薬をワルファリンより優先している。2012年米国心臓協会(AHA)/米国脳卒中協会(ASA)Scientific Advisoryの勧告9)では,ワルファリンと新規経口抗凝固薬のいずれを選択するか,明確な区別はされていない。
出血のリスク評価にはHAS-BLEDスコア10)が用いられる。3点以上が高リスクとされ,抗血栓療法開始後は注意と定期的な検査が求められる。また,脳梗塞のリスク評価としては,CHADS2スコア,CHA2DS2-VAScスコアの他に,近年クレアチニンクリアランス<60mL/分を指標に加えたR2CHADS2スコアも提唱されている11)。腎機能障害に重点をおくことで,より適切なリスク評価が可能になるとされている。
日本では,心房細動治療(薬物)ガイドライン(2008年改訂版)の改訂作業が進行中である。新規経口抗凝固薬の位置づけについて,今後の動向に注目が集まっている。
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