長尾毅彦氏(東京女子医科大学) |
第38回日本脳卒中学会総会(3月21〜23日,グランドプリンスホテル新高輪)で23日に開催された「教育講演」の長尾毅彦氏(東京女子医科大学)の発表「抗凝固療法の実際」より,脳梗塞急性期・慢性期の抗凝固療法を中心に紹介する。
●脳梗塞急性期の抗凝固療法
急性期の抗凝固療法は,米国心臓協会/米国脳卒中協会の急性期脳梗塞治療ガイドライン2013などでは推奨されていない1)。これはおもに,ヘパリン投与群では非投与群にくらべ脳梗塞再発は抑制されたが,出血性脳卒中が増加し,ベネフィットが相殺されたというIST2)の結果にもとづいている。しかし,同試験ではヘパリン群の低用量投与例と高用量投与例を区別せずに解析を行っていることから,ヘパリン投与は無益であると一概にはいえないと考えられる。
一方,日本の脳卒中治療ガイドライン20093)では,発症48時間以内のヘパリン投与を考慮してもよいとしている。急性期のヘパリン投与においては,活性化部分トロンボプラスチン時間(APTT)でモニタリングしながら用量調節する方法と,低用量を固定用量で投与する方法があるが,後者は過凝固状態を正常化するのが目的で,凝固能を抑制する意図はなく,APTTが延長しない程度の低用量を投与する。雨宮ら4)の報告では,低用量ヘパリン療法群は,非投与群とくらべて4週後までの脳梗塞再発を有意に抑制しつつ出血性梗塞を減少させたことから,有効な方法と考えられている。
急性期の抗凝固療法の現状として,九州医療センターの院内ガイドラインによれば,小梗塞(中大脳動脈領域[MCA]1/3未満)は発症当日から開始,中梗塞(MCA 1/3〜1/2)は翌日のCTで出血が認められなければ開始,大梗塞(MCA 1/2以上)は7日目までのCTで出血やヘルニア所見がない場合に開始するとしている。なお,感染性心内膜炎の合併およびコントロール不良の過度の高血圧症例には投与は行わない。
●脳梗塞慢性期の抗凝固療法:ワルファリン
日本の脳卒中治療ガイドライン20093)では,心房細動のある脳梗塞患者の再発予防において,ワルファリン投与開始時期は脳梗塞発症から2週間以内を1つの目安としている。一方,アスピリンの投与は,ワルファリン禁忌例に限定しており,ワルファリンとくらべてその効果は明らかに劣ると明記している。確かに脳卒中の発症率自体は,アスピリンとくらべ,ワルファリンでは半数もしくは1/3以下に抑制されることが数々のエビデンスから示されている。さらに,脳梗塞の病型別にみた解析によれば,アスピリンでは心原性脳塞栓症の発症が多いが非心原性脳梗塞の発症は少なく,一方,ワルファリンでは全脳梗塞の発症数自体も少ないが,非心原性の発症が多く,大半を占めていた。このことは,それぞれ抑制する脳梗塞の病型が異なることを示しており,アスピリンでは重症脳塞栓症は阻止できないことを示している。
ワルファリンの投与にあたっては,アジア人は他の民族にくらべ脳出血発症率が高いことが知られていること5),日本人ではプロトロンビン時間国際標準比(PT-INR)が2.60を超えると出血イベントが急激に増加すること6)から,個々の患者に応じた微妙なさじ加減が求められる。
長尾氏のワルファリン投与の導入法7)は次の通りである。推定維持量(男性2.5〜3.0mg,女性1.5〜2.0mg)で開始し,若年,外食傾向の症例ではおおむね2割増,80歳以上では2割減とする。初回に大量投与するLoading Dose法は凝固能が一時的に亢進してしまうため行わない。ヘパリンからの切り替えの場合は,必ずPT-INRが1.5を超えるまで併用する。PT-INRは,凝固能が安定するまでは4〜5日に1度測定を行う。その際,試薬は国際感受性指標(ISI)1.2以下のものを必ず用いる。厳格な食事制限は必要ないが,納豆,クロレラ,青汁,抹茶は禁止とする。経管栄養食も注意が必要であり,ビタミンK含有量が多い製剤は避ける必要がある。ワルファリンの投与量の変更幅はなるべく小さくし,増減の目安はPT-INRを0.2上下させたい場合は±0.25mg,0.4上下させたい場合は±0.5mgとしている。
また,ワルファリンコントロールの良否の目安となるtime in therapeutic range(TTR)が低いと,ワルファリンの有効性は抗血小板薬併用と同程度とされており8),TTRは少なくとも60%以上を目指す必要があると考える。
●脳梗塞慢性期の抗凝固療法:新規経口抗凝固薬
2013年3月現在,ワルファリンの他に新規経口抗凝固薬であるダビガトラン,リバーロキサバン,アピキサバンが使用可能となっている。大きな相違点としては1日1回投与と1日2回投与という点であるが,3剤に共通するのはいずれも,ワルファリンに対し,脳卒中/全身性塞栓症予防については非劣性もしくは優越性を示したことである9〜11)。また,頭蓋内出血が顕著に抑制されるなど良好な安全性も認められた。言い換えれば,プロによってコントロールされた理想的なワルファリン療法とくらべ,同等あるいはそれ以上の有用性が確認されたことになる。しかし,どんなに優れた抗凝固薬であっても,適切に使用されなければ,出血性合併症は免れない。たとえばRE-LYのサブ解析12)では,腎機能障害,高齢者・低体重,抗血小板薬併用例では,ダビガトラン群で出血イベント発現率が高かったと報告されている。とくに腎機能は経時的に悪化するため,注意が必要である13)。なお,推算糸球体濾過量(eGFR)は高齢者の腎機能低下を過小評価するとされており14),年齢,体重を考慮に入れるクレアチニンクリアランスのほうが適切である。
新規経口抗凝固薬のモニタリングの要否や方法について注目が集まっているが,新規経口抗凝固薬における凝固能検査は単に薬剤の血中濃度をみているにすぎない。また,新規経口抗凝固薬は半減期が短く,投与から測定までの経過時間に応じて数値が変動するため,有効性の指標に用いることはできないと考えられる。ダビガトランはAPTT,リバーロキサバンはPTが安全性の指標になる可能性が示唆されているが,現時点では十分なデータがない。アピキサバンは現時点では指標となる検査値はない。そのため,新規経口抗凝固薬投与時において大切なのは,腎機能の定期的評価と貧血の徴候を十分に観察することであると強調したい。
●新規経口抗凝固薬の適応
以上をふまえ,新規経口抗凝固薬を積極的に導入するとよい患者像は,コンプライアンスが良好,若年者,体重60kg超,腎機能正常,男性,納豆摂取希望,ワルファリン未経験例と考えられる。ワルファリンで良好にコントロールされている症例には,早急に導入する必要はない。腎機能低下例,75歳以上,体重40kg未満,女性,消化管出血既往,抗血小板薬併用,原因不明のワルファリンコントロール不良例では慎重に適応を判定することが重要である。
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