秦 淳氏(九州大学) |
日本人の心血管疾患発症のさらなる予防のためには,厳格な血圧管理と禁煙のみならず,急増する代謝性危険因子に対する予防と治療が急務——第38回日本脳卒中学会総会(3月21〜23日,グランドプリンスホテル新高輪)で21日に開催された「一般口演」から,秦淳氏(九州大学)の発表「一般住民における脳卒中,虚血性心疾患罹患率とその危険因子の50年にわたる時代的推移:久山町研究」を紹介する。
●背景と目的
生活習慣の欧米化や医療技術の進歩にともなって,心血管疾患やその危険因子の頻度は大きく変化している。しかし,これらの時代的な変遷について,日本人の一般住民を対象として長期的に検討した疫学研究は少ない。そこで,福岡県糟屋郡久山町の一般住民を半世紀にわたって追跡している久山町研究の成績を用いて,心血管疾患の罹患と死亡,および危険因子の時代的な推移について検討を行った。
対象は,40歳以上で心血管疾患既往のない健診受診者である。1961年に健診に参加した1,618例,1974年の2,038例,1983年の2,459例,1993年の1,983例,2002年の3,108例をおのおの7年間追跡した。これら5つの集団は,それぞれ1960年代,70年代,80年代,90年代,2000年代の日本人を代表する集団と考えることができる。
●脳卒中・急性心筋梗塞の罹患および死亡の時代的推移
1. 罹患率
脳卒中の罹患率は,男女とも1960年代から70年代にかけて著しく減少し,その後もゆるやかな減少が続いているが,近年は減少率が鈍化している(傾向p<0.001)。脳卒中の病型別にみると,脳梗塞については脳卒中全体と同様の傾向がみられた。脳出血では,男性で1960年代から70年代にかけて大きく減少したのちに横ばいの傾向であったが,女性では明らかな変化はみられなかった。クモ膜下出血については,男女を問わず大きな変化はみられていない。
急性心筋梗塞の罹患率については,男女ともに明らかな時代的変化は認められなかった。
2. 死亡率
脳卒中による死亡率は,男女とも1960年代から70年代にかけて著しく減少し,その後はゆるやかな減少が続いている(傾向p<0.001)。急性心筋梗塞による死亡率については,男性では明らかな時代的変化はみられず,女性ではやや減少傾向にあるものの,やはり大きな変化はみられていない(傾向p<0.01)。
脳卒中発症後5年間の累積生存率をみると,1960年代には22.2%ときわめて不良であったが,2000年代では63.0%まで大きく改善した(傾向p<0.001)。急性心筋梗塞の累積生存率についても,1960年代には16.3%であったが,2000年代には61.2%まで改善している(傾向p=0.02)。
●危険因子の時代的推移
心血管疾患の罹患率・死亡率について以上のような結果が得られた背景として,危険因子の状況の変化が影響している可能性がある。そこで,主要な危険因子の保有率についても同様に検討を行った。
1. 高血圧
高血圧(140/90mmHg以上または降圧薬服用)の有病率は,男女とも1960年代から80年代にかけて増加し,その後は減少傾向にあるが,大きな変化はない。一方,降圧薬服用率は,1960年代の2%(男女とも)から2000年代の18%(男性),16%(女性)まで大きく上昇した(傾向p<0.001)。その結果として,血圧値は男女とも有意に減少した(1960年代:男性162/91mmHg,女性163/88mmHg,2000年代:148*/89**mmHg,149*/86*mmHg,*:p<0.001,**:p=0.005)。
2. 喫煙
喫煙率は1960年代から2000年代にかけて,男性で75%から47%,女性で17%から9%と,いずれも有意に減少した(傾向p<0.001)。ただし近年,女性ではわずかだが上昇傾向がみられている。
3. 代謝性危険因子
肥満(BMI≧25kg/m²),高コレステロール血症(総コレステロール≧220mg/dL),糖代謝異常の保有率は,男女とも,いずれも1960年代から2000年代にかけて有意に増加していた(男女とも傾向p<0.001)。
以上より秦氏は,
などを指摘し,「日本人の心血管疾患発症のさらなる予防のために,厳格な血圧管理と禁煙に加えて,急増する代謝性危険因子に対する予防と治療が急務である」と総括した。
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