鈴木信也氏 |
PTまたはAPTTの測定は個々の患者の反応性の確認に有用-3月22日,第78回日本循環器学会学術集会で開催された「Roundtable Discussion4/Current Topics Related to Novel Oral Anticoagulants」にて,鈴木信也氏(心臓血管研究所付属病院)が発表した。
●新規経口抗凝固薬の抗凝固能モニタリング
心房細動患者における脳卒中予防を目的とした抗凝固療法において,新規経口抗凝固薬はワルファリンとは異なり,抗凝固能のモニタリングは不要であるとされる1)。ただし,ダビガトラン投与時の出血リスクについて,2011年に厚生労働省からの注意喚起(ブルーレター)が出されたこともあり,モニタリングの必要性をあらためて指摘する声もある。ここでは,新規経口抗凝固薬のモニタリング肯定派・否定派の両方の意見をとりあげ,今後の課題も含めて考察する。
●モニタリング否定派:根拠は薬物動態プロファイルと大規模臨床試験での実績
一般に,ある薬剤について血中濃度モニタリングが必要とされる理由として,投与量調節が必要であること,有効治療濃度域が狭いこと,他の薬剤や食物との相互作用があることなどがあげられる。しかし,新規経口抗凝固薬の薬物動態プロファイルはこのいずれにも該当しないことから,モニタリングは不要という考え方が妥当である。
また,新規経口抗凝固薬の第III相大規模臨床試験RE-LY,ROCKET-AF,ARISTOTLEでは,いずれも投与時のモニタリングはなしという条件下でワルファリンと同等かそれ以上の効果を示しており1~3),この成績が,モニタリングが不要であることをおのずと証明しているといえる。さらに,投与後の血中濃度の推移をみても,いずれの新規経口抗凝固薬も速やかに適切な血中濃度が得られている。
以上を射撃にたとえるならば,
・ワルファリンによる治療:小さな的(有効治療濃度域)4)をねらって手動の銃で撃ち,外れれば撃ち直す……の繰り返し
・新規経口抗凝固薬による治療:そもそも的が大きいだけでなく5),自動銃が勝手に照準をあわせてくれて,何回撃っても弾丸はまっすぐに飛ぶ
というようにも表現でき,これが新規経口抗凝固薬においてモニタリングを不要とする理由である。
●モニタリング肯定派:個体内変動を考慮し,個々の患者における「反応性の測定・確認(measuring)」の発想を
新規経口抗凝固薬は,固定用量で一定の効果が期待できるとはいっても,当然のことながら薬剤を投与すれば薬物血中濃度のばらつき(個人差)が生じる。適切な治療濃度域から極端にはずれる場合には,それだけ血栓塞栓リスクや出血リスクが高まると考えられる。このような外れ値を示す患者をできる限り排除するうえで,何らかの指標が求められる。血中濃度測定は,指標として理想的であるが,費用や時間もかかり,実用性が高いとはいえない。
そこで,薬物血中濃度のマーカーとして,反応性がある程度高く,実用的かつ日本で測定可能なのがプロトロンビン時間(PT)および活性化部分トロンボプラスチン時間(APTT)である。PTは外因系凝固経路の機能を,APTTは内因系凝固経路の機能をそれぞれ反映しており6),直接第Xa因子阻害薬であるリバーロキサバンおよびアピキサバンには前者,直接トロンビン阻害薬であるダビガトランには後者が比較的鋭敏に反応するとされる。
薬剤ごとにみると,ダビガトラン投与中の患者におけるAPTTの分布は幅の広い釣り鐘状であり7),個人差が大きいのがわかる。リバーロキサバン投与中のPTの分布をみても8),特にピーク時や外来受診時の値は,同様にばらつきが大きいことが示唆される。
では,このようなばらつきの存在を踏まえたうえで,これらの指標をどのように解釈すべきなのか。新規経口抗凝固薬の血中濃度の高低とイベントのリスクとの関連をみると,ダビガトラン,リバーロキサバンとも,トラフ時の血中濃度が低くなると虚血性脳卒中発症リスクも高くなるが,その度合いは緩やかである。一方,出血リスクのほうはトラフ時の血中濃度が高くなるにつれて顕著に増加する。したがって,現実的な対応として,出血リスク回避のためにトラフ時の血中濃度が比較的高くなりやすいと考えられる患者を把握しておくことが重要であり,そのためには,モニタリングというよりも,個々の患者における投与前後の「反応性の測定・確認(measuring)」の発想9)が必要と考えられる。
測定がとくに有用と考えられるのは,緊急に抗凝固能の監視や解除が必要な場合(治療中の出血または血栓イベント発症時,侵襲的手技施行前,過量投与または薬物相互作用の疑いなど)や,慎重な投与を必要とする患者(高齢者,妊婦,腎または肝不全,低体重など)に対してである10, 11)。
●今後の課題
新規経口抗凝固薬のモニタリングに関する課題として,試薬のばらつきの問題がある。ダビガトランの血中濃度とAPTTとの関連をみると,至適治療範囲であっても,用いる試薬によって約10秒の差が生じていた12)。リバーロキサバンの血中濃度とPTについても同様である13)。アピキサバンにいたっては,血中濃度に応じたPT変化がほとんど得られない試薬が多く,PT自体を臨床現場で用いるのは難しい状況である14)。
現在の国内外のガイドラインで,新規経口抗凝固薬の定期的なモニタリングを推奨しているものはない。「反応性の確認」という意味でも,いずれのガイドラインも推奨しているわけではないが,有用な可能性のあるマーカーに言及しているものもあり,欧州心臓病学会(ESC)のガイドライン15)では,ダビガトラン投与時のエカリン凝固時間(ECT),トロンビン凝固時間(TCT)およびAPTTとリバーロキサバン投与時のPTの測定,日本循環器学会のガイドライン16)ではダビガトラン投与時のAPTTとリバーロキサバン投与時のPTの測定について,それぞれふれられている。
●まとめ
新規経口抗凝固薬の抗凝固能モニタリングの要否については,第III相試験結果や薬物動態プロファイルにもとづいた確率論を根拠とする「否定派」,ならびに薬物血中濃度の個人差や血中濃度が上昇することによる出血リスク増加を考慮して必要に応じ測定を行い,確認するという「肯定派」の両方の意見がある。
鈴木氏は反応性の確認を行う場合の具体的な方法として,「絶対的な基本となる腎機能測定とあわせ,出血イベントリスクの高い投与開始後1週間~1か月の期間に,ダビガトランならAPTT,リバーロキサバンまたはアピキサバンならPT測定という既存のマーカーを効果的に活用し,確認するといった予防線を張りつつ,それ以外の要因も考え合わせた包括的な治療を行うことが必要」と結んだ。
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