矢坂正弘氏 |
新規経口抗凝固薬により頭蓋内出血発現率が低下し,重症度が軽くなることを考慮すると,ワルファリン服用下でプロトロンビン時間国際標準比(PT-INR)が安定している患者でも,新規経口抗凝固薬への変更は有益-第39回日本脳卒中学会総会で3月14日に行われたシンポジウム「抗血栓療法の最近の話題」にて,矢坂正弘氏(国立病院機構九州医療センター脳血管センター・臨床研究センター脳血管・神経内科)が発表した。
●新規経口抗凝固薬治療中の脳梗塞に対するrt-PA静注療法
脳梗塞患者に対するrt-PA静注療法の適応の判断に際しては,「患者がrt-PA静注療法を受ける権利」「症候性頭蓋内出血の回避」という2つの相反する課題の妥協点を探らねばならない。では新規経口抗凝固薬治療中の患者の場合はどうか。
2012年10月に発表された日本脳卒中学会の『rt-PA(アルテプラーゼ)静注療法適正治療指針第二版』では,適応基準として,凝固能検査ではPT-INR(1.7以下)および活性化部分トロンボプラスチン時間(APTT;前値の1.5倍以内[目安として約40秒以内])をあげている。新規経口抗凝固薬治療中の場合も,現時点ではこれらを指標とし,逸脱する場合は適応外とみなすとしている。
また,新規経口抗凝固薬の血中濃度半減期は12時間前後であり,ワルファリンとは異なりピーク・トラフの変動がある。同指針では「最終服薬後半日程度までは特に慎重に判断するべき」とされている。個々の薬剤について以下に示す。
1.ダビガトラン
服薬後の血中濃度とAPTTは正の相関を示すため1),これを指標とする。投与中に脳梗塞を発症し,rt-PA静注療法を実施した9例の症例報告をみると,予後改善がみられた8例では,いずれも最終服薬時間からrt-PA静注までに7時間以上経過しており,APTTも40秒を超える症例はなかった。『適正治療指針第二版』では最終服薬後12時間以内は慎重に判断すべきとしているが,これらのデータからは,最終服薬後7時間以上経過していることが参考となる。
2.リバーロキサバン
服薬後の血中濃度とPT-INRは正の相関を示すため,『適正治療指針第二版』の基準値PT-INR≦1.7を指標とする。なお,用いる試薬(STA-ネオプラスチン,トロンボレルSなど)により感度が異なる2)ことに注意が必要である。
3.アピキサバン
服薬後の血中濃度とPT-INRとの相関は非常に弱く,抗Xa活性のほうがよい指標となる。しかし,現時点では用いるべき指標および基準値を定めることは難しい。国立病院機構九州医療センターでは,ダビガトランにならい,最終服薬後7時間以上経過を適応基準としている。
以上より,新規経口抗凝固薬治療中におけるrt-PA静注療法の実施可否については,PT-INRあるいはAPTTの測定結果とともに,最終服薬時間も考慮して各施設で判断する必要がある。なお,APTTやPT-INRと相関する新規経口抗凝固薬治療中で,最終服薬時間が不明の場合は相関する指標を2回測定し,2回目では1回目より低下がみられることと,かつPT-INRあるいはAPTTが適応基準をクリアしていることを確認する。
●新規経口抗凝固薬治療中の脳梗塞に対するrt-PA静注療法実施後の抗血栓療法
rt-PA静注療法開始後24時間以内の抗血栓療法の実施について,『適正治療指針』の初版では「禁忌」とされていたが,『第二版』では「制限」に変更された。これは,血管造影や深部静脈血栓症予防目的のヘパリンは使用可能(1万単位以下)としたことによる。なお『第二版』では,rt-PA静注療法開始後24時間以降のヘパリン投与についても,「APTTが前値の2倍を超えない」ことが注意事項として記載されている。
●新規経口抗凝固薬治療中の頭蓋内出血が少ない理由
ワルファリンと比較した際の新規経口抗凝固薬の特徴として,管理が容易であること,脳梗塞予防効果は同等かそれ以上,大出血発現率は同等かそれ以下,頭蓋内出血は顕著に少ないことがあげられる。さらに,ワルファリン療法において,特にアジア人ではPT-INRが低めにコントロールされているにもかかわらず,欧米人とくらべ頭蓋内出血の発症頻度が顕著に上昇することが新規経口抗凝固薬の第III相試験のサブ解析結果からも明らかになっている。
新規経口抗凝固薬で大出血や頭蓋内出血が少ない理由としては,以下のような特徴が関連していると考えられる。
●新規経口抗凝固薬服用下での頭蓋内出血の特徴
新規経口抗凝固薬服用下での頭蓋内出血は,2年間に20施設中5施設で得られたダビガトランの8例(9件)が報告されている。これらのデータから,以下のような特徴が示された。
リバーロキサバン投与下でも,同様の傾向があるとの報告を受けている。
このように,新規経口抗凝固薬治療中の頭蓋内出血は,ワルファリン治療中にくらべて頻度が低いだけでなく,血腫サイズが小さく,さらに血腫が大きくなりにくいと考えられる。したがって,ワルファリン投与中で至適範囲内時間(TTR)が良好,あるいはPT-INRが安定している患者に対しても,新規経口抗凝固薬に変更することは有益と考えられる。
●新規経口抗凝固薬治療中の大出血発現時の対応
大出血発現時の一般的な処置,すなわち休薬,止血,点滴によるバイタル安定化,頭蓋内出血では十分な降圧がいずれも重要であることはいうまでもないが,新規経口抗凝固薬では,特に点滴によるバイタル安定化の意義を念頭に置くべきである。尿量確保により薬剤の体外排出が期待される。また,一般的な処置に加え,薬剤ごとに以下の処置が有効と考えられる。
さらに近年,新規経口抗凝固薬の中和剤の開発が進んでおり,今後の進展が期待される。
●まとめ
新規経口抗凝固薬治療中のrt-PA静注療法の適応は,「患者がrt-PA静注療法を受ける権利」および「症候性頭蓋内出血の回避」の妥協点を探りながら決定しなければならない。具体的には,凝固系の指標としてAPTT(前値の1.5倍以下または40秒以下)およびPT-INR(1.7以下),ならびに最終服薬後経過時間を勘案し,施設ごとに基準を定める必要がある。
また,新規経口抗凝固薬治療中の頭蓋内出血発現率はワルファリンにくらべて低く,特に日本人を含むアジア人では新規経口抗凝固薬によるメリットが大きい。症例報告のデータから,新規経口抗凝固薬治療中の頭蓋内出血はワルファリン治療中にくらべて頻度が低いだけでなく,血腫のサイズが小さく増大もしにくいという特徴が認められたことから,PT-INRが安定しているワルファリン投与中の患者でも新規経口抗凝固薬への変更は有益と考えられた。
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