鈴木信也氏 |
抗凝固薬を投与されていない高リスクの日本人非弁膜症性心房細動(NVAF)患者における脳梗塞イベント発生率は2.5%/年-4月26日,第79回日本循環器学会学術集会(JCS 2015)にて,鈴木信也氏(心臓血管研究所付属病院循環器内科医長)が発表した。
●背景・目的
わが国のNVAF患者に対する抗凝固薬の処方率をみると,循環器専門医が中心のJ-RHYTHM Registryでは高リスク症例への処方率が約9割であるのに対し1),実地医家が中心のFushimi AF Registryでは約6割にとどまっていた2)。この差異の一因は,それぞれの医師の脳梗塞イベント発生リスクに対する認識の違いにあると考えられる。しかし,循環器専門医ですら,日本人のNVAF患者における脳梗塞イベント発生率は明確に認識できていない。抗凝固薬を投与されていないNVAF患者における脳梗塞イベント発生率としてわれわれが用いてきたのは,Gageらによって報告されたCHADS2スコア別の発生率であった3)。しかし,これは20年以上前の1990年代に登録された海外データであり,現在の日本人患者における発生率は明らかになっていない。
本研究では,抗凝固薬を投与されていない日本人NVAF患者における脳梗塞イベント発生率の現状を明らかにすることを目的に,Shinken Database,J-RHYTHM Registry,Fushimi AF Registryの統合解析を行った4)。
●対象
対象は,抗凝固薬を投与されていないNVAF患者3,588例(Shinken Database登録患者2,877例中1,099例,J-RHYTHM Registry 7,937例中1,002例,Fushimi AF Registry 3,183例中1,487例)である。
●結果
1. 患者背景
平均年齢は68.1歳,女性は33.9%であった。高血圧は50.4%,糖尿病は15.3%,脳梗塞または一過性脳虚血発作(TIA)は8.5%,心不全は15.0%,冠動脈疾患は10.7%に認められた。41.8%が抗血小板薬を投与されていた。CHADS2スコアは0点30.3%, 1点32.6%,≧2点37.0%であった。
2. 脳梗塞イベント発生率
3つのデータベースを統合するにあたり,患者背景はそれぞれ異なるが,CHADS2スコア別の脳梗塞イベント発生率をみると同程度で一貫していたことから,等質の患者集団と見なして解析を行った。
全体では,5,188患者・年において69例(1.3%/年)に脳梗塞イベントが発生した。CHADS2スコア別の発生率は0点0.5%/年,1点0.9%/年,≧2点2.5%/年,CHA2DS2-VAScスコア別では0点0.5%/年,1点 0.5%/年,≧2点1.8%/年であった。
3. 脳梗塞イベント発生のリスク因子
Cox回帰分析による多変量解析の結果,脳梗塞イベント発生の独立リスク因子として脳梗塞/TIA既往(ハザード比[HR]3.25;95%CI 1.86-5.67),75歳以上(HR 2.31;95%CI 1.18-4.52),高血圧(HR 1.69;95%CI 1.01-2.86)が同定された。
●考察
1. 患者層の変化
心房細動患者における国内外の研究をみると,脳梗塞イベント発生率は経時的に低下している傾向がうかがわれる3~6)。ARIC研究では,特に65歳以上の高齢者において,1990~2011年の間に経時的に有意に低下したことが報告されている7)。その理由として患者層が変化したためではないかと考えられたが,国内のコホート研究では高リスク患者(CHADS2スコア≧2点)の割合は低下していなかった4)。
そこで,CHADS2スコアのリスク別に脳梗塞イベント発生率の経時的変化を検討したところ,同スコア2点以上においては発生率が低下,1点でも低下傾向が認められ,同じリスク層でもその質が変化している可能性が考えられた。
2. 抗凝固療法および降圧治療の影響
本解析で同定した脳梗塞イベント発生の独立リスク因子のうち,介入が可能な脳梗塞/TIA既往および高血圧に注目して検討を行った。
本解析ではGageらの研究3)に比べ,脳梗塞/TIA既往の割合が低く,脳梗塞イベント発生率も低値であった。このことから,既往例の割合が脳梗塞イベント発生率に影響している可能性が示唆された。実際,デンマークのコホート研究より,同じCHADS2スコア2点であっても,脳梗塞既往は他の構成項目2つを組み合わせた場合よりも2倍以上の脳梗塞イベント発生率であり,突出して高くなることが報告されている8)。
したがって,脳梗塞既往患者を減らす,つまり,一次予防がきわめて重要であるということになる。実際のところ,心臓血管研究所におけるCHADS2スコア≧2点の患者に対する抗凝固療法導入率の変化をみても,2004~2006年の約40%から2010~2012年には約80%に上昇したが,他の施設においても同様の上昇はあると考えられ,その分,日本人の心房細動患者における「脳梗塞既往者」の割合は経年的に低下していると推測される。
また,収縮期血圧が140mmHgを超えると脳梗塞イベント発生率が顕著に上昇することが知られている9)。高血圧治療状況が経年的に改善していること10)も,脳梗塞イベント発生率低下に寄与していると推測された。
●本研究の限界
抗凝固薬非投与者には心房細動の発作時間が短い,左房径が小さいなどの臨床判断も加わっているかもしれない。このような選択バイアスにより,本研究では同じリスクカテゴリの中でも,よりリスクの低い患者が抽出され,脳梗塞イベント発生リスクが過小に見積もられた可能性がある。したがって,本研究の結果をもってCHADS2スコア1点や年齢65~74歳などのもつ重要性を積極的に否定することはできない。
●まとめ
抗凝固薬を投与されていないCHADS2スコア2点以上の日本人NVAF患者において,脳梗塞イベント発生率は2.5%/年であった。この数値は,これまでの疫学研究での発生率と比べ低値であったが,抗凝固薬処方率の上昇や降圧治療の改善など,近年の心房細動診療の向上が寄与しているものと考えられる。心原性脳塞栓症はひとたび発生すると死亡リスクが高いことから,さらに発生率を低下させるための努力を継続することが重要である。
文献
▲TOP |