経皮的冠動脈インターベンション(PCI)を施行する心房細動患者に対し,施行後急性期には抗血小板薬2剤併用療法(DAPT)+経口抗凝固療法(OAC)の3剤併用療法が行われる。ただし,3剤併用は出血リスクが上昇するため,実臨床では3剤併用期間の短縮,OAC+抗血小板薬単剤の2剤併用とする,ビタミンK拮抗薬(VKA)の強度を低くするといったことが行われている。一方,非ビタミンK拮抗経口抗凝固薬(NOAC)はいくつかの試験が進行中であるものの,エビデンスはまだ十分ではない。
ここでは,4月25日,第79回日本循環器学会学術集会(JCS 2015)にて行われたラウンドテーブルディスカッションから,阿古潤哉氏(北里大学医学部循環器内科学教授),上野高史氏(久留米大学循環器病センター教授),静田聡氏(京都大学大学院医学研究科循環器内科講師)の発表をもとに,そのエッセンスをまとめた。
静田聡氏 |
●わが国における心房細動合併PCI施行例に対する治療実態
2005~2007年に行われたCREDO-Kyoto PCI/CABG Registry Cohort-2の心房細動患者1)では,OACが使用されていないケースが多いこと,OACの強度不足,DAPT期間の長期化という3つの問題点が浮かび上がっている。
同研究では,心房細動合併PCI施行例1,057例の5年後における脳卒中発症率は12.8%で,非合併例11,659例の5.8%に比べ約2倍に上昇していた(HR 2.00,95%CI 1.65-2.43,p<0.0001)。この原因の一つとして,心房細動患者に対し適切なOACが行われていなかったことが推測された。実際,心房細動例のうち,退院時にOACが処方されていたのは48%と過半数に満たなかった。OAC群と非OAC群の比較では,CHADS2スコアの平均は両者とも2.4点で,分布もほぼ等しく,CHADS2スコア≧2点であってもOACが処方されていない患者が多くみられた。
5年間の累積脳卒中発症率はOAC群13.8%,非OAC群11.8%と有意差を認めなかった(HR 1.20,95%CI 0.83-1.73,p=0.34)。OAC群と非OAC群で脳卒中リスクがほぼ同程度であるにもかかわらず,OACによる発症抑制作用が認められなかったこととなる。これは,OACの強度が不足していたためではないかと考えられた。
そこで,OAC群におけるプロトロンビン時間国際標準比(PT-INR)の治療域内時間(TTR)を解析した。治療域をPT-INR 2.0~3.0とするとTTRは24.2%と低く,治療域を1.6~2.6としてもTTRは52.6%に留まった。TTR(PT-INR:1.6~2.6)が65%以上の良好なコントロールをされていたのは37.7%に過ぎなかった。TTR≧65%群ではTTR<65%群に比べ脳卒中リスクが顕著に低下しており(HR 0.37,95%CI 0.16-0.86,p=0.02),やはりOACの治療強度が不足していたことが明らかになった。
一方,DAPT継続の有無により検討したところ,4ヵ月後の時点でDAPTを継続していた症例は,非継続例に比べ脳卒中リスクが高い傾向を認めた(p=0.052)。TTRはDAPT継続群49%に対しDAPT非継続群では59%であり,この差が影響したのではないかと考えられた。
わが国では心房細動を合併したPCI施行例に対し,OACが十分に行われていないこと,特にOACにDAPTを長期間併用した患者では出血への懸念からOACの治療強度がさらに不十分となり,脳卒中発症率が高くなっている傾向が示された。
上野高史氏 |
●PCI施行例に対するOAC
1. OAC に関するこれまでのエビデンス
心房細動患者における虚血性イベント抑制について,DAPT(アスピリン+クロピドグレル)とOAC(標準治療薬)を比較したACTIVE W試験2)では,OACの明らかな優越性が示された。一方,冠動脈疾患患者では,OACはアスピリンに比べ有効性は同程度であったものの,出血が増加することがメタ解析より示され3),OACは冠動脈疾患に対する標準治療薬にはなり得ないことが明らかになった。また,ステント留置患者においてアスピリン単独,アスピリン+VKA,アスピリン+チクロピジンの短期有効性を比較検討したSTARS試験4)では,アスピリン+チクロピジンの併用がアスピリン単独あるいはアスピリン+VKA併用と比べて,30日以内の心血管イベントを抑制したという結果であった。
これらより,2010年の欧州心臓病学会(ESC)ガイドライン5)では,心房細動患者におけるPCI後の抗血小板薬併用は最長でも12ヵ月(ベアメタルステントを用いた待機的PCIの場合は2~4週間以内)とされ,慢性期については,当時ランダム化比較試験(RCT)の結果は発表されていなかったものの,VKAの無期限単独投与が推奨された。
2. 現在の推奨
2013年にWOEST試験の結果が発表された6)。OACを必要とするPCI施行例において,OAC+クロピドグレルの2剤併用はOAC+クロピドグレル+アスピリンの3剤併用に比べ,出血イベントのリスクが有意に低いだけでなく,有効性イベント(死亡,心筋梗塞,標的血管再血行再建,脳卒中,ステント血栓症)や全死亡をも抑制した。この理由として,3剤併用群では,出血イベントフリー曲線とアスピリンのコンプライアンス曲線が類似していたことから,出血が発現するとまずアスピリンが中止され,場合によってはさらにクロピドグレルも中止されてしまうという状況が窺えた。その結果,抗血栓作用が十分でなくなったために血栓イベントが起きたのではと推測された。ただし,WOESTは安全性の優越性を検証するためのオープンラベル試験であり,有効性の非劣性を検証するためのデザインでないため,有効性の結果の解釈には注意が必要である。いずれにせよ,本試験から,3剤療法を安易に継続すべきでないことは理解できる。
またベルン大学の研究7)では,心房細動合併薬剤溶出性ステント(DES)留置患者において,OAC+DAPTの3剤併用はDAPTに比べ血栓塞栓イベント,出血イベントのいずれも増加していた。WOESTはこれを介入試験で証明したことになる。
この点に関し,デンマークのコホート研究8)では,心筋梗塞後およびPCI後の心房細動患者において,OAC+クロピドグレルがOAC+アスピリンあるいはDAPTに比べ,もっともよい結果であった。また,1年間イベントの発生がなかった患者において,抗凝固薬と抗血小板薬のさまざまな組み合わせについてOAC単独と比較したが,OAC+DAPTの3剤併用,OAC+クロピドグレル併用,OAC+アスピリン併用,DAPT,クロピドグレル単独,アスピリン単独のいずれも,OAC単独に対する優越性は示されなかった9)。
これらを踏まえ,2014年に出されたESC他5学会のコンセンサス文書10)では,PCI施行から12ヵ月経過後の慢性期にはOAC単独が推奨されている。
阿古潤哉氏 |
●PCI施行例に対するNOAC
1. NOACに関するエビデンス
抗血小板薬と抗凝固薬の併用による出血リスクの上昇は避けられないが,心房細動患者を対象にしたJ-ROCKET AF試験11)では,重大な出血事象は,アスピリン併用の有無にかかわらず,リバーロキサバン群とワルファリン群で同程度であった。他のNOACに関する試験のサブ解析からも,同様の結果が得られている12~14)。
一方,急性冠症候群(ACS)患者を対象にしたNOACの試験として,標準的抗血小板療法にアピキサバン(5mg 1日2回)を追加することの有効性を検討したAPPRAISE-2試験15)があるが,アピキサバンによる大出血イベントの有意な増加が認められた。ATLAS ACS-TIMI 51試験16)では,ACS患者に対し標準的抗血小板療法にリバーロキサバン(2.5mg,5mg各1日2回投与)を追加した結果,プラセボに比べ心血管イベントが抑制されたが,出血イベントが増加している。現時点では「PCI施行例に対するNOACの使用」について参照できるデータはほとんどなく,進行中の試験の結果をまつ必要がある。
なお,興味深いことにNOAC投与中の出血性イベントの発生傾向は,欧米とアジアでは異なる可能性があると指摘されており,非アジア人で消化管出血の増加がみられるのに対し,アジア人では同程度あるいは減少するとの報告がある17)。心筋梗塞に対する作用についても,民族差あるいは薬剤間の差がみられる可能性もあり,今後のデータが注目される。
2. 進行中の大規模臨床試験
現在,心房細動を合併したPCI施行例を対象に,PIONEER AF-PCI試験(リバーロキサバン),RE-DUAL PCI試験(ダビガトラン), EVOLVE AF-PCI試験(エドキサバン),AAA試験(アピキサバン)が進行中である。4試験とも,はじめからアスピリンを含まないレジメンが検討される予定である。
たとえばPIONEER AF-PCIでは,2剤併用(リバーロキサバン15mg 1日1回+クロピドグレル75mg 1日1回),3剤併用(1,6,12ヵ月まではリバーロキサバン2.5mg 1日2回+クロピドグレル75mg 1日1回+アスピリン75~100mg 1日1回併用,その後はリバーロキサバン15mg 1日1回+アスピリン75~100mg 1日1回併用),標準療法(1,6,12ヵ月まではVKA[標的PT-INR 2.0~3.0]+クロピドグレル75mg 1日1回+アスピリン75~100mg 1日1回併用,その後はVKA+アスピリン)が比較されることとなっている。
すでに2014年のESCガイドライン18)では,OAC+DAPTの3剤併用はCHA2DS2-VAScスコア≧2点の心房細動患者や静脈血栓塞栓症既往患者に限定し,それ以外の患者に対してはOAC+クロピドグレルの2剤併用を考慮するとされている。
また,慢性期治療に関する検討として,OAC(VKA/NOAC)+抗血小板薬単剤(アスピリン/P2Y12阻害薬)併用とOAC単独(VKA/NOAC)を比較するOAC-ALONE,PCIまたは冠動脈バイパス術施行から1年以降の非弁膜症性心房細動および安定冠動脈疾患合併患者において,リバーロキサバン単独とリバーロキサバン+抗血小板薬単剤併用を比較するAFIREが進行中である。
●まとめ
ESC他5学会のコンセンサス文書10)では一般的な留意点として,VKAを用いる際にはTTR>70%とすること,クロピドグレルかつ/または低用量アスピリンと併用する場合は,PT-INR 2.0~2.5とすることが推奨されている。NOACについても同様に,クロピドグレルかつ/または低用量アスピリンと併用する場合は低用量(ダビガトラン110mg 1日2回,リバーロキサバン15mg 1日1回,アピキサバン2.5mg 1日2回)を用いることとしている。
なお,適切な抗血栓療法は急性期と慢性期で異なるとも考えられる。ステント留置後の塞栓リスクや出血リスクはいずれも直後がもっとも高く,その後漸減し一定となる経過を辿る。両リスクを比べると,ステント留置直後は塞栓リスクのほうが高いが,急性期を過ぎると出血リスクのほうが塞栓リスクより高くなる可能性がある。ステント留置後にどのような抗血栓療法を行うかについては,今後も継続した議論が必要であるが,ESC他5学会のコンセンサス文書10)では,以下の推奨が記載されている。
1. ステント留置急性期~12ヵ月後までの抗血栓療法
出血リスクが低い(HAS-BLED スコア0~2点)場合,安定冠動脈疾患に対するステント留置後は,最低4週間(6カ月を超えない期間),ACSの場合は6カ月の3剤併用療法を行う。出血リスクが高い(HAS-BLED スコア3点以上)場合,安定冠動脈疾患に対するステント留置後は,脳卒中リスクが中等度(CHA2DS2-VAScスコア1点)であればOAC+クロピドグレルの2剤併用療法を12ヵ月,脳卒中リスクが高い(CHA2DS2-VAScスコア2点以上)場合は4週間の3剤併用療法,ACSの場合は4週間の3剤併用療法を行う。いずれの場合でも,3剤併用療法終了後はOAC+クロピドグレル(またはアスピリン)の2剤併用療法を行う。
2. ステント留置12ヵ月以降の抗血栓療法
経口抗凝固薬を生涯にわたり投与する。
本ラウンドテーブルディスカッションでは,OAC+DAPTの3剤併用を行う場合,なるべく短期間にとどめるべきとのコンセンサスが得られた。
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