髙橋尚彦氏 |
頭蓋内出血リスクが高い東アジア人では,ワルファリンよりもDOACのほうが高いネットクリニカルベネフィットが得られることが示唆-6月17日,第3回日本心血管脳卒中学会学術集会(CVSS 2016)にて,髙橋尚彦氏(大分大学医学部循環器内科・臨床検査診断学講座教授)が発表した。
●日本人におけるワルファリン療法中の頭蓋内出血
心房細動患者にワルファリンを処方したところ,頭蓋内出血をきたし死亡に至ったという事例は少なくない。実際,外来主治医として,この10年間で3例経験している。このうち1例は, CHADS2スコアは1点,CHA2DS2-VAScスコアは2点,直近1年間のPT-INRはほぼ目標治療域内で,搬送時も2.03であった。
先行研究より,アジア人は白人に比べ,ワルファリンによる頭蓋内出血リスクが約4倍高いとされている1)。また,PT-INR 2.0~3.0における頭蓋内出血発現率に注目すると,欧米ではこの範囲内では発現率の上昇はみられなかったが2),日本人の高齢者では2.6程度から上昇がみられた3)。日本人では欧米人に比べ,ワルファリン療法中の頭蓋内出血リスクが高い上に,至適治療域は欧米人より低くシフトしているといえる。
●日本人における脳梗塞リスク
次に,日本人における脳梗塞発症リスクはどの程度なのだろうか。Suzukiら4)によれば,抗凝固療法をうけていない心房細動患者における脳梗塞発症率は,Gageら5)が示したCHADS2スコア別の発症率に比べ,同じスコアでは半分以下となっていた。すなわち,日本人の心房細動患者における脳梗塞リスクは,欧米人に比べそれほど高くなく,頭蓋内出血リスクの高いワルファリンで治療するネットベネフィットは少ない可能性がある。実際,Fushimi AF Registry6)より,抗凝固療法実施例,非実施例とも,脳卒中/全身性塞栓症,大出血,いずれの発症率も変わらなかったことが報告されている。
●DOACの地域別サブ解析
1. ダビガトラン
近年,ワルファリンに代わり直接的経口抗凝固薬(DOAC)が用いられるようになってきている。ネットベネフィットの観点から,DOACの第III相試験の地域別サブ解析をみてみると,RE-LY 7)のワルファリン群では,アジア人では非アジア人に比べ脳卒中/全身性塞栓症発症率,頭蓋内出血発現率がともに高かった。アジア人ではPT-INRが低くコントロールされたことで,ワルファリンの効果が十分に得られず,脳卒中/全身性塞栓症発症率が上昇したと推察される。しかし,それにもかかわらず頭蓋内出血発現率は高いという結果であった。これに対し,ダビガトラン群では300mg/日群,220mg/日群とも,ワルファリン群に比べ有意に頭蓋内出血が抑制された。
2. アピキサバン
ARISTOTLEの大出血(ISTH基準)の発現について地域別にみたところ8),非東アジア人におけるアピキサバン群のワルファリン群に対するハザード比(HR)は0.717(95%信頼区間[CI]0.617-0.834)であったのに対し,東アジア人では0.526(95%CI 0.345-0.802)であり,東アジア人のほうがアピキサバンのベネフィットがより大きかった。
3. エドキサバン
ENGAGE AF-TIMI 48の大出血(ISTH基準)の発現について,同じく地域別にみたところ9),東アジア人のほうがエドキサバンのベネフィットはより大きかった。
4. リバーロキサバン
リバーロキサバンは他の3剤と異なり,日本独自の試験J-ROCKET AF 10)が行われた。国際共同試験ではワルファリン群でのPT-INR目標治療域は海外のガイドラインにしたがい,年齢にかかわらず2.0~3.0(日本人高齢者では2.0~2.6)で管理されることになるが,J-ROCKET AFでは,唯一日本のガイドラインに従い,70歳以上には1.6~2.6で管理された。すなわち,日本のリアルワールドでの使用実態に近い,比較的出血リスクが低いワルファリンと比較した試験ともいえる。
その結果,国際共同試験のROCKET AFでは東アジア人のワルファリン群の頭蓋内出血発現率は2.46%/年であったのに対し11),J-ROCKET AFのワルファリン群では 1.2%/年と半分以下であった12)。一方,J-ROCKET AFにおけるリバーロキサバン群の頭蓋内出血発現率はワルファリン群の半数で,重大な出血や臨床的に問題となる出血において非劣性が認められた(HR 1.11[95%CI 0.87-1.42])。
●まとめ
東アジア人ではワルファリンによる頭蓋内出血などの大出血の発現率が高く,これは体質や環境因子,また東アジア人では欧米人に比べ低体重であることなどが結果的にPT-INRのコントロールに影響しているためと考えられる。DOACはいずれもワルファリンに比べ頭蓋内出血発現率を低減するが,この傾向は東アジアで顕著であった。東アジア人では,ワルファリンよりもDOACのほうが高いネットクリニカルベネフィットが得られることが示唆された。
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