2016.10.3 | ESC 2016取材班 |
2016年8月27日,欧州心臓病学会(ESC)は欧州胸部心臓外科学会(EACTS)と共同で,心房細動治療ガイドラインを発表した1)。同ガイドラインは90ページにもおよび,154件の推奨が記載された。
翌28日,欧州心臓病学会学術集会(ESC 2016)では,“What is new in the 2016 atrial fibrillation guidelines?”と題したメインセッションが行われた。ここでは,作成委員長のPaulus Kirchhof氏(英国)によるガイドラインの全体像に対する解説,さらに,作成委員のBarbara Casadei氏(英国)による初期アプローチ,Jonas Oldgren氏(スウェーデン)による脳卒中発症抑制,Hans-Christoph Diener氏(ドイツ)による出血合併症についての解説を紹介する。
Paulus Kirchhof氏 |
●ガイドライン作成のプロセス
今回,ESCはEACTSと共同で,心房細動治療ガイドラインを策定した。作成委員は循環器専門医だけでなく,脳卒中専門医やコメディカルなど多領域・職種から構成され,学術的かつ体系的なプロセスにより策定作業が行われた。推奨クラスに関しては,関連学会や各国の心臓病学会の専門家によるレビューが実施された。さらに,初の試みとして,これまで答えが得られていなかった重要なクリニカル・クエスチョンについて,外部のシステマティックレビューの協力を得た。
心房細動関連の大規模研究を大別すると,①アップストリーム治療,②抗凝固療法,③レートコントロールとリズムコントロール,④カテーテルアブレーション,⑤外科手術――という五つの領域に分かれる。この20年ほどだけをみても,治療方針を変化させ得る発見・発展があり,大きな転換点があった。今回のガイドラインは,そうした知見を統合したものになっている。
最終的に,掲載された推奨は154件,うち推奨クラスIが31%,IIaは49%,IIbは12%,Ⅲは8%,エビデンスレベルAは15%,Bが52%,Cが33%であった。
●心房細動管理の基本となる「五つの治療ステップ」
ガイドラインでは,心房細動と診断された患者に対する適切な管理を目指し,急性期および慢性期の心房細動管理を「五つの治療ステップ」にまとめた。
まず,心房細動発症の急性期に血行動態が不安定であれば,それを治療する。次に,増悪因子を管理する。そして,脳卒中リスクを評価したうえで経口抗凝固薬(OAC)の要否を判断する。さらに心拍数を評価し,必要があればレートコントロールを行う。さらに症状を評価し,症状があればリズムコントロール(抗不整脈薬,カテーテルアブレーション,電気的除細動,あるいは外科手術)を行う。この「五つの治療ステップ」が本ガイドラインの基本を成す。このような包括的な管理体制の構築により一貫性のある管理が可能となるとともに,結果的に患者の予後改善に寄与するものと考える。
Barbara Casadei氏 |
●スクリーニングの重要性
社会の高齢化にともない,心房細動の有病率は増加の一途を辿っている。心房細動患者では,脳卒中,心筋梗塞,心不全,認知機能障害を併発するケースが多く,毎年心房細動患者の10~40%が入院し,莫大な医療費が投入されている。また,心房細動は全死亡リスクを女性で2倍,男性で1.5倍に高める。しかし,症状がみられないことも多く,適切なスクリーニングが重要になる。
本ガイドラインでは,無症候性心房細動とスクリーニングに注目し,前ガイドラインの内容を拡充した。「65歳超の患者」に対しては,検脈や心電図による心房細動のスクリーニングを推奨(クラスI,レベルB)。「虚血性脳卒中あるいは一過性脳虚血発作(TIA)の既往例」に対しては,短時間心電図記録を行い,その後,72時間以上の長時間心電図モニタリングを推奨している(クラスI,レベルB)。また,植え込み型デバイスによってatrial high rate episode(AHRE)が検出された場合には,心房細動の有無を心電図で確認し,心房細動が確認された場合,脳卒中リスクに応じて治療開始を推奨している(クラスI,レベルB)。
AHREは,血栓塞栓イベントと関連性があることが明らかになっている。65歳以上の心房細動既往のないデバイス植え込み患者を対象にしたASSERT試験では,短時間のAHREでも血栓塞栓イベントリスクは2.5倍になると報告されている2)。また,AHREと血栓塞栓イベントは一過性の関係ではなく,AHREが確認されてから数ヵ月後に血栓塞栓イベントが生じるケースも少なくない。一方で,AHREがみられても,心房細動を発症する患者は15%未満であり,どう管理すべきか明らかになっていない。現在二つのRCTが進行しており,その結果がまたれる。
●適切な治療のための総合的アプローチ
Kirchhof氏が示した「五つの治療ステップ」には,「アウトカムを改善するための治療」と「QOLや症状改善のための治療」の両方が含まれる。血行動態の改善,増悪因子の管理(生活習慣の改善,原因となる心疾患の治療),OACの投与は,余命の改善につながると考えられている。しかし,OACのunderuse,心血管リスクに対する一貫性のない治療,不適切なリズムコントロールなどが行われているため,実際には心房細動患者の心血管死亡率に著しい改善はみられていない。
今回,この点を重視し,心房細動患者に対して適切な治療を実践するための「統合的アプローチ」を提示した。「統合的アプローチ」は,患者の積極的参画,多職種チームによる協力体制,技術ツールの活用,すべての治療オプションの利用――の4項目から成る。
たとえば,どの治療が余命を改善し,どの治療が症状を緩和するのかを患者に伝え,患者と医師が治療判断におけるパートナーになる。これは治療遵守を高めるために非常に重要なことである。また,心房細動患者は複数の併存疾患,リスク因子を抱えているため,看護師,神経内科専門医,脳卒中専門医,心臓病専門医,外科医,プライマリケア医などによる多職種チームで治療にあたる。多職種チームによるアプローチがガイドラインの遵守率を改善し,不要な入院や死亡が減少することを期待している。ITツールの活用もまた患者管理に役立つと考える。そして,心房細動治療において,患者がすべての治療オプションにアクセスできるようにする必要がある。
●リスク因子および原因となる心血管疾患の検出と管理
心房細動患者のなかには,複数の併存疾患を抱える患者も多い。併存疾患は心房細動リスクを高めるだけでなく,抗凝固療法をはじめとする薬物治療に影響を及ぼすこともある。その一つが慢性腎臓病(CKD)である。ガイドラインでは,CKDの検出あるいは薬物療法における適切な用量設定のために,血清クレアチニン,あるいはクレアチニンクリアランスによる腎機能の評価を推奨している(クラスI,レベルA)。OAC投与患者に対しては,CKDスクリーニングのために,年1回以上の腎機能評価を推奨している(クラスIIa,レベルB)。
肥満も心房細動のリスク因子の一つである。持続的な減量は容易ではないが,得られる効果は大きい。LEGACY試験によれば,肥満の心房細動患者において,持続的な減量が心房細動再発抑制に関連していた3)。ガイドラインでは,肥満の心房細動患者に対し,他のリスク因子の管理とともに体重減量を推奨している(クラスIIa,レベルB)。同様に,閉塞型睡眠時無呼吸症(OSA)に対しても検出と管理を推奨している(クラスIIa,レベルB)。
●まとめ
高リスク患者において,最初のアプローチは心電図上で心房細動を捉えることである。次に,CKD,OSA,高血圧,心不全,血管性心疾患などの原因となる病態を評価する。これらの病態はリズムコントロールの成否にも影響するものである。そして,患者参加型の心房細動管理を実践するために,患者に説明と教育を行う。最後に,もっとも重要なことが,原因となる病態の治療と抗凝固療法である。
Jonas Oldgren氏 |
●脳卒中リスク評価とOAC投与の判断
脳卒中および全身性塞栓症のリスク評価には,CHA2DS2-VAScスコアが広く使われている。本ガイドラインでも,同スコアを用いたリスク評価とそれにもとづくOAC治療の要否を判断することが推奨されている(クラスI,レベルA)。
CHA2DS2-VAScスコアが男性では2以上,女性では3以上の心房細動患者では,血栓塞栓症発症抑制のためにOAC治療が推奨される(クラスI,レベルA)。CHA2DS2-VAScスコア1(女性はスコア2)では,患者の希望,個々の背景を踏まえたうえで,血栓塞栓症発症抑制のためのOAC治療を考慮してもよいとされた(クラスIIa,レベルB)。脳卒中リスク因子をもたないすべての心房細動患者については,脳卒中発症抑制のための抗凝固療法あるいは抗血小板療法はベネフィットが認められず,出血リスクが高まるとして推奨されていない(クラスIII)。
これまで,CHA2DS2-VAScスコア1の男性,スコア2の女性の脳卒中リスクは明確になっていなかった。今回,外部の協力を得てシステマティックレビューを実施したところ,同集団の脳卒中リスクはそれほど高くないが,OACにより脳卒中リスクがわずかに低下することが示された。その結果が本ガイドラインに反映されている。
●出血リスクの評価
本ガイドラインでは,OACによる出血リスクについても強調されている。OAC投与中の心房細動患者に対して,修正可能な大出血のリスク因子を明らかにするために,出血リスクスコアの活用が望ましいと記載された(クラスIIa,レベルB)。出血リスクには,「修正できる(可能性がある)因子」と「修正できない因子」がある。「修正できる(可能性がある)因子」としては,高血圧,INR値,飲酒,出血を誘発する薬剤の使用,貧血,腎機能障害,肝機能障害,血小板数(機能)の低下があげられている。これらの因子を評価し,可能な限り改善することが望ましい。
2014年に発表された米国のガイドライン4)同様,使用する出血リスクスコアを特定せず,出血リスクを評価すること自体を推奨している。ただし,出血リスクスコアはOAC投与を差し控えるために使用するものではないことが強調された。
また近年,バイオマーカーにもとづく脳卒中リスクおよび出血リスクの層別化に関する研究も盛んに行われている。脳卒中リスクや出血リスクの精度を高めるために,NT-proBNP,高感度トロポニンなどを考慮してもよいとされた(クラスIIb,レベルB)。
●ビタミンK拮抗薬とNOACの位置づけ
OACを開始する患者で,NOACの適応となる場合には,ビタミンK拮抗薬(VKA)よりもNOACの使用がクラスⅠ,レベルAでの推奨となった。VKA治療中の患者に対しては,TTRを可能な限り高く保ち(70%以上が望ましい),頻回にモニターすることが重要である(クラスI,レベルA)。服薬アドヒアランスが良好であるにもかかわらず,TTRのコントロールが不良の場合,あるいは患者がNOACを希望した場合には,適応禁忌を除きNOACに変更してもよい(クラスIIb,レベルA)。一方,中等度~重度の僧帽弁狭窄症または機械弁患者に対しては,脳卒中発症抑制としてVKAが推奨され(クラスI,レベルB),NOACは使用すべきでない(クラスIII)。
●心房細動患者における脳卒中発症抑制のアルゴリズム
脳卒中発症抑制のための戦略は,アルゴリズムとしてまとめられている。はじめに,機械弁または中等度~重度の僧帽弁狭窄症があるかを判定する。「Yes」の場合,VKAが推奨され,「No」の場合,CHA2DS2-VAScスコアを用いてリスクを推定し,スコアに応じてOACを開始する(上述)。その際,第一選択はNOACである。CHA2DS2-VAScスコア2以上の場合,左心耳閉鎖術も考慮される。
●脳卒中発症抑制における抗血小板療法の位置づけ
心房細動患者の脳卒中発症抑制においては,抗血小板薬療法単独よりもOACのほうが優るため,抗血小板薬療法単独は推奨しないことが明記された(クラスIII)。また,OACと抗血小板薬の併用は出血リスクを増加するため,抗血小板薬が適応となる他の疾患がない限り,行うべきではないと明記された(クラスIII)。
●OACと抗血小板薬の併用療法
急性冠症候群(ACS)あるいは経皮的冠動脈インターベンション(PCI)後の患者でOACが必要な場合,OACと抗血小板薬の併用が広く行われている。本ガイドラインでは,OACを必要とするACS後の患者に対して,出血リスクが低い場合には,3剤併用療法(アスピリン+クロピドグレル+OAC)を6ヵ月まで,2剤併用療法(アスピリンまたはクロピドグレル+OAC)を12ヵ月までとし,その後はOAC単独療法を行う。出血リスクが高い場合には,3剤併用療法を1ヵ月まで,2剤併用療法を最長12ヵ月まで行い,その後はOAC単独療法を行う。
また,待機的PCIによるステント植え込み例では,3剤併用療法を1ヵ月まで,その後,出血リスクが低い場合には12ヵ月,高い場合には6ヵ月まで2剤併用療法を行い,その後はOAC単独療法に切り替える。
Hans-Christoph Diener氏 |
●抗凝固療法中の出血合併症を最小限にするために
抗凝固療法中の重大な合併症として,出血イベントがある。ガイドラインには,出血性合併症を最小限にするための管理が記載されている。たとえば,抗凝固療法中の高血圧患者では,血圧管理を行うことが望ましい(クラスIIa,レベルB)。75歳超の患者にダビガトランを投与する場合は,減量(110mgを1日2回)を考慮する(クラスIIb,レベルB)。消化管出血高リスク患者では, VKAあるいはNOACでは標準用量のダビガトラン,リバーロキサバン,エドキサバン以外を選択することが望ましい(クラスIIa,クラスB)。OACが考慮される心房細動患者では,節酒が望ましい(IIa,レベルC)。一方,VKA治療開始前に行う遺伝子学的検査はベネフィットがないため,推奨しない(クラスIII)。
●頭蓋内出血後のOAC治療
OAC治療中に頭蓋内出血をきたした患者に関しては,エビデンスが乏しいため,コンセンサスオピニオンとしてまとめた。そこでは,OAC治療を再開する前に,多職種チームによる評価を行うことが望ましいとした。神経内科医にとって,出血部位は重要な判断材料になる。たとえば,皮質下で出血をきたした場合には再出血のリスクが高いため,抗凝固療法は行わないほうがよいと判断する。一方,くも膜下出血で動脈瘤のクリッピングあるいは閉塞に成功した場合には,OAC治療を1週間後に再開できる可能性もある。
OACの再開には出血部位のほかにも,いくつかの因子を評価する必要がある。高齢者か否か,コントロール不良の高血圧の有無,重篤な頭蓋内出血の有無,出血原因が特定されているか否かなどである。これらを評価し,多職種チームとして患者にアドバイスする。そのうえで患者がOACの再開を希望した場合,4~8週間後に頭蓋内出血リスクが低い薬剤を投与する(クラスIIb,レベルB)。
●OAC治療中の出血に対する管理
抗凝固療法中の出血に対する管理は,VKAとNOACで分けて考える必要がある。VKA投与中に小出血をきたした場合,INR<2に下がるまでVKAの投与を控えればよい。中等度~重度の出血をきたした場合には補液,輸血を行い,出血原因の治療を迅速に行うと同時に,ビタミンK製剤静注を考慮する。重度~生命を脅かす出血をきたした場合は,プロトロンビン複合体濃縮製剤(PCC),新鮮凍結血漿(FFP)の投与,必要に応じて血小板輸血も考慮する。
他方,NOAC投与中に小出血をきたした場合には,次回の投与時間を遅らせればよい。中等度~重度の出血の場合には,補液,輸血を行い,出血原因の治療を迅速に行う。NOAC投与直後であれば活性炭経口投与を考慮する。重度~生命を脅かす出血をきたした場合は,各NOACに特異的な中和剤の投与を考慮する。中和剤がない場合にはPCCを投与する。また,必要に応じて血小板輸血も考慮する。
●TIAあるいは虚血性脳卒中後のOAC治療
抗凝固療法中に虚血性脳卒中あるいはTIAを起こした場合,服薬アドヒアランスを評価し,適正化を図る必要がある。虚血性脳卒中/TIA後のOAC再開時期に関して,十分なエビデンスは得られていないが,コンセンサスオピニオンとして,アルゴリズムを作成した。
虚血性脳卒中の場合,多職種チームによりOAC開始のリスクとベネフィットの評価を行い,さらに中等度以上の場合,出血性変化を評価したうえで,OACを再開することとした。つまり,イベントの重症度に応じて3~12日間休薬後に再開することになる(クラスIIa,レベルC)。TIA後の場合,出血の可能性が除外されれば翌日よりOACを開始してもよいとした。
文献
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