2017.4.3(4.19文献修正) | JCS 2017取材班 |
赤尾昌治氏 |
心房細動患者を対象とした多くのレジストリが現在進行中であるが,その性質はそれぞれ異なるため,今後は比較や統合により正確な現状把握が期待される-3月18日,第81回日本循環器学会学術集会(JCS 2017)にて,赤尾昌治氏(国立病院機構京都医療センター循環器内科部長)が発表した。
●リアルワールドデータの意義と特徴
「リアルワールド」という言葉は,「実際の臨床現場」といった意味で最近しばしば用いられており,その種類は,レジストリなどの観察研究,市販後調査,レセプトや保険データベースを用いた後ろ向き研究の3つに大別される。
一方,無作為化比較試験(RCT)は,いわば「トライアルワールド」であり,限られた患者集団や一定の条件のもとで行われる。したがって,多様な条件下の幅広い患者集団を対象とするリアルワールドデータは,RCTを補完する関係にあるといえよう。
現在,多くの心房細動の登録観察研究が実施されており,国内だけでもJ-RHYTHM(日本不整脈心電学会),心研データベース(心臓血管研究所),Fushimi AF Registry(伏見医師会),Hokuriku AF(金沢大学),KiCS AF(慶應義塾大学)などがある。
しかし,各研究における登録患者の背景は大きく異なり1),心房細動患者を対象とした国内外の登録観察研究における脳卒中発症率は年間1%未満から10%近くまでと幅広い2)。それぞれの集団において,外来/入院,新規/既診断,医療機関のタイプ,規模,地域,時代など千差万別である。すなわちリアルワールドデータは,単一のものが存在するのではなく,さまざまなリアルワールドの一場面を描き出したものだと考えられる。
●RCTの結果は,リアルワールドデータとは異なることも
1. ワルファリン
心房細動患者を対象としたRCTのメタ解析において,ワルファリンは,対照群よりも脳卒中リスクを64%低下させることが示されている3)。しかし,Fushimi AF Registryの1年間追跡結果では,抗凝固薬(おもにワルファリン)投与例と非投与例で,脳卒中/全身性塞栓症(SE)と大出血の発現率にいずれにも差がないという結果が得られた4)。RCTの結果が必ずしも実際の臨床現場で再現されているとは限らないこと,ワルファリンが「どの医師がどの患者に使っても同じように効く」という薬剤ではないことを示唆するデータといえる。
2. 直接作用型経口抗凝固薬(DOAC)
DOACは,心房細動患者を対象としたRCTやそのメタ解析において,良好にコントロールされたワルファリンと同等かそれ以上の有効性および安全性が確認されている5)。しかし,Fushimi AF Registryでは,DOAC投与例の脳卒中/SEの発症率は,ワルファリン投与例と抗凝固薬非投与例のどちらとも差がないという結果であった6)。つまりDOACはRCTで有効性が確認されているが,本研究においては十分にそのパフォーマンスを発揮できていないことが示唆された。
●RCTとリアルワールドのデータが異なる理由
抗凝固薬のRCTで示された有効性がリアルワールドで確認されなかった理由には,いわゆるunder-dose(不適切な減量投与)やアドヒアランス不良があると考えられる。
1. under-dose
Fushimi AF Registryでは,ワルファリン投与例のうちPT-INRが治療域内であったのは54.4%で,さらに治療域外のほとんどがunder-doseであった4)。
これはワルファリンだけの問題ではない。Fushimi AF Registryにおける2015年時点のリバーロキサバン10mg/日投与例のうち,減量基準に該当する例は約30%にすぎず,減量基準に該当しないunder-doseが半数を占めるという状況で,これはアピキサバンでも同様であった6)。
さらに海外の登録研究ORBIT-AF Registryでは,under-doseは適正用量よりもイベント発症率が高かったことが報告されている7)。このようにリアルワールドでは,ワルファリンのみならずDOACでも,出血リスクへの懸念から不適切に減量されることが多いことが示唆されている。
2. アドヒアランス
米国の病院処方データを用いた検討では,ダビガトランが投与されている5,376例のうち,アドヒアランスが良好な患者(平均治療日数カバー比率[proportion of days covered:PDC,調査対象期間のうち薬剤が処方された日数]≧80%と定義)の割合は72%であった8)。しかし,PDC≧80%というのは良好なアドヒアランスの基準としては甘いといわざるをえず,満足できるアドヒアランスを維持できている患者はさらに少ないと考えられる。
また,PDCが10%低下した際の脳卒中+全死亡の調整ハザード比は1.13(95%信頼区間1.08-1.19)とされており8),アドヒアランス不良が予後にも関連することが示された。
●リアルワールドデータを見きわめ,読み解くポイント
リアルワールドデータは,母集団の性質が異なるため,アウトカムもさまざまに異なることが特徴である。また,数あるデータのどれか1つが真実というわけではなく,それぞれが「リアルワールド」の姿を示しており,それがRCTの結果とは異なる場合もありうる。これらをふまえたうえで,自らが求めるリアルワールドデータを見きわめ,読み解く力が1人1人に求められている。具体的なポイントとして,自らの診療現場に近いか,知りたいことを検討しているか,自身の診療に活かせるかなどをおさえるようにしたい。
●リアルワールドデータの今後の展望
リアルワールドデータでは,研究ごとに登録患者の背景が異なり,単独の研究では症例数が限られることなどから,現状をより正確に把握するために,登録研究同士の比較や統合などの試みが始まっている。実際の例として,Fushimi AF Registryと英国のDarlington AF Registryにおける2次予防患者の比較がある。この結果から,日本では抗凝固薬+抗血小板薬の併用が多く行われていること,脳卒中発症率が日本では英国より低く,逆に死亡は多い傾向があることなどが明らかになった9)。
また,統合解析プロジェクトとして,国内では「心房細動発症リスクと重症化リスクの層別化指標の確立を目的とした大規模コホート・レジストリー共同研究(J-RISK AF)」,世界ではThe International Collaborative Partnership for the Study of Atrial Fibrillation(INTER-AF)が開始されており10),Fushimi AF Registryはこの両方に参加している。
今後,医療ビッグデータ時代を本格的に迎えるなかで,各登録研究が有する膨大な情報をいかに効率的に統合し,データベース化して活用できるかについても検討していく必要がある。
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