2018.4.4 | JCS 2018取材班 |
山田典一氏 |
2018年3月23日,「肺血栓塞栓症および深部静脈血栓症の診断,治療,予防に関するガイドライン(2017年改訂版)」1)が公表された。2004年の初版発表後,2009年に1回目の改訂(旧版)が行われ,今回が2回目の改訂となる。旧版の構成から大きく変更され,2017年改訂版では「急性肺血栓塞栓症(PTE)」,「慢性PTE」,「深部静脈血栓症(DVT)」,「静脈血栓塞栓症(VTE)の予防」に分け,それぞれについて診断・治療,あるいは予防法について記載。さらに,各項目の最初に推奨クラスならびにエビデンスレベルが示された。
ここでは,山田典一氏(桑名市総合医療センター桑名東医療センター副病院長)より発表されたおもな改訂点を中心に紹介する。
●急性PTEの診断は旧版と同様
診断に関する考え方については旧版から大きな変更はなく,急性PTEの疑いがある患者に対し,検査前の疾患可能性の評価(臨床的確率評価)が推奨された(推奨クラスI,エビデンスレベルA[以下クラス,レベルと表記])。旧版同様,Wellsスコア,ジュネーブ・スコア(改訂ジュネーブ・スコア)などを用いたスコアリングによって,確率が高ければ画像診断を行い,低いあるいは中等度であればDダイマー検査を行う。Dダイマー値が正常であれば急性PTEは否定される。
診断手順として,循環虚脱あるいは心肺停止状態といった重篤な患者に対しては,まず経皮的心肺補助(PCPS)装置を装着したうえで,造影CTを中心とした画像診断を行う。低血圧あるいはショックを呈している患者では,可能であれば造影CTを行うが,不可能であれば心臓超音波検査を行い,PTEの可能性が高ければ血栓溶解療法などの治療を考慮してよいとされた。
●Xa阻害薬が新たに使用可能となり,PTEの治療は大きく変化
もっとも大きな改訂となったのが,VTEの治療の中心となる抗凝固療法において,新たに経口Xa阻害薬(エドキサバン,リバーロキサバン,アピキサバン)が加わったことだ。「血行動態が安定している急性PTEの初期治療期,維持治療期に非経口抗凝固薬あるいは経口Xa阻害薬を投与すること。エドキサバンは非経口抗凝固薬による適切な治療後に投与する。リバーロキサバンおよびアピキサバンは,高用量による初期治療後に常用量にて投与する」ことがクラスI,レベルAで推奨された。なお,従来の非経口抗凝固薬とワルファリンの投与についてはクラスI,レベルBとされた。
抗凝固療法の継続期間は旧版と大きく変わっていない。危険因子が可逆的である場合には3ヵ月間,誘因のない(特発性の)VTEでは少なくとも3ヵ月間の投与(クラスI,レベルA),再発例および癌患者では,より長期間の投与とされた(クラスI,レベルBおよびクラスIIa,レベルB)。なお,先天性凝固異常症については,個々の素因によってリスクも異なることから,画一的な期間の記載は削除された。
●急性PTEに対する血栓溶解療法の適応は広範型PTEに限定
PTEでは予後を含めた重症度を事前に評価して治療法を選択することが,予後改善や合併症の低減に重要となる。2017年改訂版では,おもに患者の血行動態所見と心エコー所見をあわせた従来からの臨床重症度分類(cardiac arrest/collapse,広範型,亜広範型,非広範型)に加え,欧州心臓病学会から提唱されたPulmonary Embolism Severity Index(PESI)ないし簡易版PESIスコアによるリスク分類2)が提示された。
なお,旧版ではショックや低血圧が遷延する血行動態不安定例,さらに正常血圧であるが右室機能不全ならびに心臓バイオマーカー陽性例に血栓溶解療法が推奨されていたが, 後者に関し,2017年改訂版では非経口薬による抗凝固療法が第一選択と位置付けられた(クラスIIa,レベルB)。
●下大静脈フィルターの適応が限定され,フィルター回収の重要性にも言及
わが国では過剰使用が指摘されている下大静脈フィルターについて,2017年改訂版ではその適応が限定された。具体的には,抗凝固療法を行うことができないVTE(ただし,末梢型DVTでは中枢への伸展例に限る;クラスI,レベルC),十分な抗凝固療法中のPTE増悪・再発例(クラスIIa,レベルC),抗凝固療法が可能でも,残存血栓の再度の塞栓化により致死的となりうるPTE(クラスIIa,レベルC)などに限定された。
また,回収可能型下大静脈フィルターは長期留置による合併症のリスクがあることから,必要性がなくなった場合は早期に抜去を行うことへの言及が加わった(クラスI,レベルC)。
●慢性PTEに対する新たな薬物治療や経皮的バルーン肺動脈形成術の推奨
慢性血栓塞栓性肺高血圧症(CTEPH)は,器質化した慢性PTEにより肺血管抵抗が上昇し,肺高血圧となった病態で,2015年にはわが国でも指定難病として認定されている。近年は,肺血管拡張薬リオシグアトの登場や,カテーテル治療による有効性の確立など治療法が大きく変化したことを受け,今回,改訂が加えられた。外科的治療不適応または外科的治療後に残存・再発したCTEPHに対し,肺血管拡張薬リオシグアトによる内科的治療を第一選択とし(クラスI,レベルB),肺動脈内膜摘除術の適応とならない症例に対し経皮的バルーン肺動脈形成術を行うこと(クラスI,レベルC)が記載された。
なお,本ガイドラインの改訂と同時期に「肺高血圧症治療ガイドライン」の改訂作業が進行していたことから,CTEPHの治療に関する内容については内容の統一も図られた。
●DVT治療もPTEと同様,経口Xa阻害薬の登場により治療戦略が大きく変化
DVTの診断は急性PTEと同様に,まず臨床所見からWellsスコアなどを用いて検査前臨床的確率を評価し,確率が低い,あるいは中等度であればDダイマーによる除外診断を行う(クラスI,レベルC)。Dダイマー値が異常の場合は画像診断を行い,病態により中枢型または末梢型DVTに分類する。
中枢型であればPTEと同様に初期治療期,維持治療期に非経口抗凝固薬あるいはXa阻害薬を投与(クラスI,レベルA)とされたが,末梢型であれば画一的に抗凝固療法を施行することはせず(クラスI,レベルB),施行する場合は3ヵ月までとする(クラスI,レベルC)。
なお,アスピリンのDVT再発予防効果は,抗凝固療法よりは劣るものの,プラセボとの比較では一定の効果が認められている。そのため,誘因のないDVTの抗凝固療法中止後,抗凝固療法の延長を希望しない,または可能でない場合,推奨クラスは低いものの,DVT再発予防としてのアスピリン投与が追加された(クラスIIb,レベルB)。
また,DVTの理学療法として,初期治療において抗凝固療法が行えた場合,ベッド上安静よりも早期歩行が推奨された(クラスIIa,レベルB)。旧版ではDVT治療や血栓後症候群(PTS)予防のための弾性ストッキング着用がクラスⅠで推奨されていたが,最近の大規模無作為化試験の結果を受け,PTS予防のために画一的に弾性ストッキングの着用を長期間継続させることは推奨されないとした(クラスIII,レベルB)。
●VTE予防に使用可能な抗凝固薬が追加
VTEの予防においては,整形外科手術後に限って,Xa阻害薬エドキサバンが保険適用されたことが追加された。弾性ストッキングについては,旧版ではクラスIで推奨されていたが,一部領域(脳卒中後)のDVTを予防しないことが報告されたため3),2017年改訂版では中リスク患者に対する推奨はIIa,レベルAとされた。
なお,本疾患においてはXa阻害薬などの登場により治療戦略が大きく変化しているものの,残念ながら日本人を対象としたエビデンスは限られている。そのため,海外のガイドラインなどを参考にしつつ,日本人でのデータや現在用いられている標準的な検査法や治療法が反映されたものになっている点にも言及された。
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