第66回日本糖尿病学会年次学術集会
2023年5月11~13日,第66回日本糖尿病学会年次学術集会(学会長 西尾善彦氏,鹿児島大学大学院医歯学総合研究科)が鹿児島で開催された。テーマは「糖尿病学維新」。ここでは,注目のセッションを紹介する。
- 座 長
- 柏木厚典 氏(社会医療法人誠光会淡海医療センター 糖尿病内分泌内科)
- 演 者
- 加隈哲也 氏(大分大学医学部 看護学科基礎看護学講座健康科学領域)
笠間和典 氏(四谷メディカルキューブ 減量・糖尿病外科センター)
近年,肥満の糖尿病患者が急増しているが,これまで,肥満症を内科的に治療することはきわめて困難であった。一方,外科治療は臨床効果が大きいにもかかわらず,日本では手術件数が少ないことが問題となっていた。「会長こだわり臨床企画Clinical discussion」で,肥満治療における内科治療と外科治療についてディベートが行われたので,その概要を紹介する。
●セマグルチド,チルゼパチドが登場し,薬物治療が選択できる時代に
近年,減量効果が期待できる2型糖尿病治療薬(GLP-1受容体作動薬セマグルチド,GIP/GLP-1受容体作動薬チルゼパチド)が登場し1-5),2型糖尿病でBMI 30 kg/m²レベルの肥満症に対して薬物治療の効果が期待できるようになった。
また,セマグルチドは,2023年3月,用量を増やし,肥満症の治療薬としても製造販売承認された。効能又は効果は「肥満症,ただし高血圧,脂質異常症又は2型糖尿病のいずれかを有し,食事療法・運動療法を行っても十分な効果が得られず,『BMIが27 kg/m²以上であり,2つ以上の肥満に関連する健康障害を有する』または『BMIが35 kg/m²以上』に該当する場合に限る」である。これにより,必ずしも2型糖尿病でなくても,肥満症に対して減量効果の高い薬物治療が選択できる時代がみえてきたのである。
これらの薬剤は,減量効果の高さから,美容・痩身・ダイエット等を目的とした適応外使用が問題となっており,日本糖尿病学会から「不適切な薬剤使用の推奨に対する警告」が出されている6)。また,いったん減量効果が得られても,投薬を中止するとすぐにリバウンドしてしまうという課題も残されている。
●リバウンドを防ぐには
肥満症に対する薬物治療では,減量効果(量的な改善)が得られても,肥満に至った生活習慣等を改めなければ,すぐにリバウンドしてしまう。加隈氏は,「減量効果(量的な改善)の高い治療法に目が奪われてしまうが,それだけではなく,生活リズムの是正や体重には現れない内臓脂肪量の減少といった『質的な改善』との両立をはかることが内科医の心得だ」という。
加隈氏は,「患者の声を聞き,その変化に耳を傾けるように」という,恩師である坂田利家氏の言葉を紹介。肥満患者には,お腹いっぱい食べないと食べた気がしない,目の前の食物につい手が出てしまう,というような食行動における肥満患者特有の「ずれ」や「くせ」があるという。医療従事者は,日々の診療のなかで,このような患者の食に対する認識や思考の特徴をとらえ,治療経過のなかで,その変化をしっかりと観察し,陽性変化があった際には賞賛し,サポートしていくべきだという。加隈氏は,「このような患者と医師間のコミュニケーション自体が,量的尺度では表せない行動療法の一つではないか」と強調した。
このような食行動における「ずれ」や「くせ」や生活リズムの乱れの気づきに,セルフモニタリングは有用である。加隈氏が行った持続血糖測定器を用いた保健指導後のアンケート調査の解析では,食事・運動への意識の変化,および肥満・糖尿病への意識の変化は,血糖値の増減とは関連しなかったが,血糖値の一日測定回数と相関した7)。血糖を気にして測定する行為が増えると,生活改善の意欲が向上したのである。加隈氏は,「セルフモニタリングこそが,行動変容の起点となる」と述べた。
また,患者の多くは,体重変化でしか病態の改善を実感しない。しかし,体重では明らかな変化はみられないが(その実感がない状態),内臓脂肪量は低下している(可能性が高い)というような,質的な改善を目指した生活を送ることが大切だという。たとえば,食事の時間やタイミングを意識する,座位時間の短縮を意識する,というような生活を送ることで,内臓脂肪量の低下が期待される。量的効果ばかりを気にせずに,質的な改善を目指した生活を過ごすことが,減量効果の維持につながるのである。
加隈氏は,「患者の話をしっかり聞き,食行動の変化を共有し,行動療法を併用することで,既存の治療の効果を高めていきたい」と結んだ。
●外科治療の現状
減量手術は世界で年間約70万件施行されており,さまざまな術式が行われている。アジア諸国では,2003~2004年は683件だったが2019年には10万件超まで,約150倍に増加している。一方,日本で現在保険適用されている術式は,2002年に笠間氏が初めて施行した「腹腔鏡下スリーブ状胃切除術」のみであり,2022年の減量・代謝改善手術の実施件数は僅か985件(75施設)であった。米国では,減量手術は2018年に約25万件行われているが,肥満症例に対する減量・代謝改善手術の実施割合(penetration ratio)は1%と低い。この数値は日本ではさらに低く,0.01%である8)。
腹腔鏡下スリーブ状胃切除術の死亡率は,海外では0.05%と報告されている9)。日本では全手術データがNational Clinical Database(NCD)に登録されており,2022年の減量・代謝改善手術(985件)の死亡率は0%,再手術率は0.2%である。
日本人の高度肥満症患者は急増している。手術の適応となるBMI 35 kg/m²以上の肥満者は,2011年には0.3%(推定30万人)であったが,2019年の国民・健康栄養調査では,0.9%(男性1.2%,女性0.6%)(約90万人)と約3倍に増加している10)。BMI 35 kg/m²以上では,糖尿病の寛解には20%以上の総体重減少率(%TWL)が必要とされており,これは薬物治療では達成が難しい11)。
●内科治療にはない外科治療のメリット
内科治療と比べた場合,肥満症に対する外科手術は,長期成績が良好である。重症肥満症患者を対象に手術群と非手術群を比較した前向き試験(Swedish Obese Subjects: SOS)において,手術群では体重減少のみならず,大・小心血管イベント抑制効果も20年後に維持されていた12,13)。手術群の非手術群に対する生存率の優位性は16年後にも維持されていた14)。死亡原因別にみると,虚血性心疾患死,糖尿病死,がん死などの抑制効果が大きい15)。
また,糖尿病,高血圧,睡眠時無呼吸症候群,脂質異常症の寛解率が高い。喘息や尿失禁,関節炎,脂肪肝炎など多くの疾患が改善することも知られている。とくに脂肪肝炎については,高度肥満症患者では非アルコール性脂肪性肝炎(NASH)合併率が極めて高いが16),手術を行うことで,NASHから肝硬変への進行が予防でき,NASHから非アルコール性脂肪肝疾患(NAFLD),NAFLDから正常肝に戻ることも報告されている17)。また,減量手術により肥満に関連したがんの発症が抑制され,がんによる死亡率が減少することも知られている18)。
減量・代謝改善手術により,GLP-1を含む腸管ホルモン,腸内細菌,胆汁酸,栄養感知機構などが変化し,糖尿病が改善することも知られている。また,減量手術後は食欲増進ホルモンである血中グレリンが低下し,空腹感が減少する19)。術前に脂肪分の多い食物を好んでいた患者が,術後はそれらを食べたくなくなり,サラダが好きになる,というような嗜好の変化が起こる。高カロリー食を見たときのrewardに関する脳のactivation systemが低下することも知られている。
費用対効果についても,手術により糖尿病・高血圧・脂質異常症が寛解するため,4.75年間の糖尿病・高血圧・脂質異常症の薬剤費用で手術費がまかなえると報告されており20),長期的には手術のほうが優れることが示唆される。
●内科治療と外科治療が連携し,適切な治療を,適切な患者に,適切なタイミングで行う
効果的な薬物治療が登場したが,外科治療はなくなることはない。内科医は,内科治療の限界を知り,手術が適切と考えられる患者には,治療オプションとして手術を提示すべきである。そして外科医は,手術の適応がない/希望しない患者には,GLP-1受容体作動薬を含めた内科治療を提示して,内科へ紹介すべきである。
笠間氏は,内科治療と外科治療の連携によって,適切な治療を,適切な患者に,適切なタイミングで行うことが可能になると強調した。
●日本で外科治療が受け入れられるためには
ディスカッションでは座長の柏木氏が,「日本で外科手術が敬遠される傾向にあるのはなぜか?」と問いかけた。笠間氏は,「患者さんが手術を躊躇する理由は2つあり,手術しないことのリスクを認識していないこと,そして周囲に手術の経験者がいないことだと思う。われわれの施設のサポートグループでは,『術後1日目は手術を後悔したが,その後の10年,20年を考えると,やはり手術をして良かった』というような体験談を共有できるようにしている」と答えた。加隈氏は,「外科治療に入るタイミングが大切だと思う。内科医としては,手術がいかに効果的で,患者さんの将来にとっていかに良いものであるかを,患者さんの思いに共感し寄り添いながら説明するように心がけている」と答えた。
最後に柏木氏が,「急激な高度肥満化を迎えている。肥満2型糖尿病,内臓肥満に伴うメタボリックシンドロームは現代において重要であり,さらに,がんや認知症の予防にまで発展する臨床的課題である。GLP-1受容体作動薬を含め,2023年の糖尿病学会が,その臨床の分岐点と位置付けられる節目の学会になることを期待している」と結んだ。
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