本稿では,薬物溶出性ステント ( drug-eluting stent : DES ) に関係する研究の流れを若干の私見を加えてレビューする。DES のすべてについての膨大なデータすべてを網羅することは不可能であり,DES 登場の過程,ステント血栓症と抗血小板療法,DES と生命予後の関係などに絞って論を進める。各種のDES 間の比較については本稿では触れていない。
DES への理解を助けるために,開発の歴史的背景を概説する。
古典的には,虚血性心疾患の治療は内服薬に限られていた。虚血性心疾患に対して,直接血行再建を行うことにより得られる劇的な治療効果は,冠動脈バイパス術
( coronary artery bypass grafting : CABG ) によって初めて示された。CABG に約10年遅れて冠動脈インターベンション
( percutaneous coronary intervention: PCI ) が導入された。PCI は,Gruntzig が先端にバルーンを装着したカテーテルを用いて,病変部をバルーンで拡張することにより治療する方法を開発し,初めてヒトの冠動脈への応用を報告した[1]。CABG
に比べてPCI は侵襲性の点で絶対的に有利な立場にあり急速に普及した。
やがてバルーン拡張によるPCI ( 当時はPTCA
と呼称されていた ) にも,いくつかの問題点・限界が明らかとなった[2,3]。それは
( 1 ) 急性冠閉塞, ( 2 ) バルーン不適病変, ( 3 ) 再狭窄,の3つに大別された。 ( 1 ) 急性冠閉塞とは,狭窄部分を拡張しようとして逆に病変部の閉塞を引き起こしてしまうことで,急性心筋梗塞という重大な合併症にもつながる問題である。
( 2 ) バルーン不適病変とは,病変の形態や性状により拡張が不可能であったり,たとえ行っても良い結果が期待できなかったりする病変である。 ( 3 ) 再狭窄は,拡張部が施行3–6ヵ月後に再び狭窄をきたすもので,バルーン拡張による治療だけでは40%
以上で発生し,PCI のアキレス腱ともいわれた。PCI の歴史は,すなわち再狭窄との闘いの歴史ともいえる。このバルーン拡張によるPCI 後の再狭窄発生の頻度と時期を,Nobuyoshi
,Kimura らが連続冠動脈造影の解析から明らかにしたことは銘記すべきである[4]。
再狭窄には,血管平滑筋細胞の増殖が大きく関与している。拡張により冠動脈が傷害されると治癒機転として血管平滑筋細胞が増殖する。この細胞増殖が再狭窄の最大の原因である。増殖した平滑筋細胞は細胞数を増やすだけでなく,その周りに細胞外基質とよばれる物質をさかんに作り出し,これが水分を含み膨化して体積を増すことによって再狭窄を加速する[5]。
この再狭窄を減少させるために開発されたのがステントである。最初にステントを使用した報告は,Sigwart
らによって1987年に行われた[6]。この初期の冠動脈ステントは,急性冠閉塞からの離脱
( bail-out ) には一定の役割を果たしたが,血栓性閉塞が植え込み後2週間以内に18% にも達し実用には耐えなかった[7]。この報告に冠動脈ステントの将来性に限界を感じた者が大半であった。そんな中,急性冠閉塞からの離脱にはきわめて有効であることから,「ステントの時代到来を直感した」とロッテルダムのSerruys
先生が語るのを筆者は拝聴する機会があったが,その先見の明には敬服するばかりである。
このベアメタルステント ( bare-metal stent
: BMS ) 留置にともなう血栓形成が当初は問題となったが,アスピリンとチエノピリジン系薬剤 ( その当時はチクロピジン ) の2剤の抗血小板療法 (
dual anti-platelet therapy : DAPT ) の導入[8,9],ステント植え込み手技の改良[10]によって,ステント血栓症
( stent thrombosis : ST ) は臨床的に許容可能な程度まで低下した。このBMS がバルーン拡張によるPCI に対して再狭窄予防効果を示したことが,PCI
領域での初めての本格的なランダマイズ試験であるSTRESS 試験[11]とBENESTENT
試験[12]によって示された。BMS は再狭窄の頻度を低下させたとはいえ,なお20%
前後の患者で再狭窄に対する再度の治療が必要とされ,また一部の患者では再狭窄が難治性となり短期間に再治療を繰り返すことを余儀なくされる[13,14]。BMS を用いても依然として残る再狭窄という問題を解決するためにDES
が開発された。そしてDES は,再狭窄を劇的に低減するデバイスとして,PCI 施行医らの期待を集めて登場した。
最初の人間への DES 植え込みは,シロリムス溶出性ステント (
sirolimus-eluting stent : SES ) を用いて合計45例の患者に対して行われ,サンパウロの医師Sousa により報告された[15,16]。その1年のフォローアップ成績では血管内皮細胞の増殖を抑制していることを報告した[16]。RAVEL
試験は,比較的低リスクの238例の患者におけるde
novo 病変におけるSES ( Cypher® ) と,そのSES のベースとなったBMS ( Velocity® )
を比較したランダマイズ試験である[17]。その1年のフォローアップで,再狭窄発生率はSES とBMS
で0.0% と26.6% であった。このSES 群の再狭窄率0% という報告のインパクトは強烈であった。このSES の再狭窄抑制効果は,RAVEL試験より複雑な病変を持つ大規模な1,058例の患者を登録したSIRIUS試験で確認された。このSIRIUS試験でも標的病変再治療率
( target lesion revascularization: TLR ) はSES でBMS コントロールに比べて有意に低く,その効果は植え込み後,9ヵ月[18],2年[19],そして5年のフォローアップ[20]でも維持されていることが報告されている。
これらの最初のランダマイズ試験の成績をもとにSES
( Cypher® ) は規制当局の使用認可を得,その後には各種の適応を拡大した病変における成績が評価された。具体的には,糖尿病患者[21],急性心筋梗塞責任病変[22],慢性完全閉塞
( CTO ) [23],静脈グラフト
( SVG ) [24],小血管[25,26]とcomplex
lesion [27,28]などである。これらの病変背景でのSES
とBMS の比較試験の成績を要約すると,短期・長期両方のフォローアップを通じて一貫して造影上の内腔損失 ( late loss ) が有意に小さく,再狭窄率の減少をもたらした。
SES だけでなく,パクリタクセル溶出性ステント (
paclitaxel-eluting stent : PES ) の認可へ向けてTAXUS I 試験[29],そしてTAXUS
II 試験[30]が行われた。SES
と同様にPES も,BMS に比べて有意に再狭窄,TLR を抑制することを示し,これも規制当局の使用認可を得た。
ランダマイズ試験の他に,登録研究 ( レジストリ ) がリアルワールドでのSES のパフォーマンスを評価するために施行された。ARTS II レジストリは,DES であるSES の有効性をARTS I のPCI 群およびCABG 群と比較するために施行された比較レジストリ研究である[31]。ARTS I の結果を歴史的コントロールとして比較している。このARTS I 試験とは,多枝疾患患者における血行再建治療法としてCABG とBMS を用いたPCI の比較をしたランダマイズ試験である[32]。その結果を要約すれば多枝疾患患者へのBMS を用いたPCI はCABG と比較して,死亡,脳卒中,心筋梗塞の発生において両群間に有意差はないものの,CABG の方が血行再建再施行率は低いという結論であった。ARTS II 研究の対象患者は,初回血行再建を受ける少なくとも1つの病変を左前下行枝 ( LAD ) にもつ狭心症あるいは無症候性虚血で,治療にSES を用いたPCI 患者 607例である。評価項目は,主要有害心血管イベントで,フォローアップ期間は1年である。結果として,主要有害心血管イベントは1.0% ( ARTS I のCABG 群2.7% ) 。心筋梗塞1.2% ( 同3.6% ) ,CABG 再施行2.0% ( 同0.7% ) ,PCI 再施行は5.4% ( 同3.0% ) 。1年後の主要有害心血管イベントの非発生率は89.5% ( ARTS I のCABG 群88.5% ) と,SES を用いたPCI はARTS IのCABG に匹敵する成績を示した。ARTS II 研究はレジストリであるが,SES を用いることによりBMS の時代の成績に比べてCABG の成績に確実に近づいてきていることを示した。
ステント血栓症 ( stent thrombosis : ST )
は今日の診療においてもステントに内在する最大の懸念材料である。DES は血管平滑筋細胞の増殖を抑制して内膜の新生を遅延させるため,ST のリスクが高いのではないかとの懸念が存在する。ST
は,その発生時期により,植え込み後30日以内のearly ST ,30日から1年以内の遅発性ST ( late ST ) ,そして1年以降に発生する超遅発性ST
( very late ST ) に分類される。さらに,植え込み手技から24時間以内に発生した場合をacute ST ,それ以降で30日以内の場合をsubacute
ST と分ける。
DES 植え込み後のST の報告は,症例報告から始まった[33–35]。ST
の発生頻度は低いが,いったんST を発症すれば高率に心筋梗塞を発症し,Academic Research Consortium ( ARC ) の定義でのdefinite
ST を発症した患者の10–30% が死亡する[36]。ST
は頻度が低いために,発生頻度を明らかにするためには大規模研究が必要であった。ロッテルダム・ベルングループ ( n=8,146 ) [37],SCAAR
レジストリ (
n=21,717 ) [38],Pinto
らのレジストリ ( n=8,000 ) [39]のいずれにおいても,very
late ST の発生リスクは年率0.36–0.6% で,少なくとも5年にいたるフォローアップの期間で減衰することなく持続していることが報告されている。ARRIVE
レジストリの2年の結果や[40],STENT
レジストリの結果からは,ST のリスクはon-label use ( 適応内使用 ) に比べてoff-label use ( 適応外使用 ) において高いことが報告されている[41,参照 STENT
レジストリ]。
ST の発生メカニズムには,多くの因子が複合的に関与していると考えられている。DAPT
の早期中止に加えて,ステントのアンダーサイズ,28mm を超える長い病変,解離の残存,複数のステント植え込み,石灰化,小血管などが,early またはlate
のST の要因として報告されている[42,43]。ST
の発生頻度はearly ST が,late ST やvery late ST に比べて圧倒的に多く,ST 症例が437例登録されたDutch
Stent レジストリでは,acute
,subacute ,late ,very late ST が,それぞれ32.0% ,41.2% ,13.3% ,13.5% であったと報告している[42]。日本人のデータとして,ST
を生じた症例を後方視的に集めたRESTART レジストリの結果をKimura
らが報告している[44]。これは,ST
症例の集積としては世界最大規模のレジストリで計611例が登録された。definite ST を,early 322例,late 105例,very late
184例で解析している。ST 発症の予測因子を解析したところ,late ST と very late ST で異なることから,両者間でのメカニズムの違いを指摘している。
病理学的な検討では,DES が植え込まれた病変部位の血管壁に炎症性反応が起こること[45],その炎症反応は急性心筋梗塞の責任病変にDES
が植え込まれた場合により強いことが報告されている[46]。ST
の中でも最も問題になるのが,very late ST である。その発生のメカニズムとして,DES 植え込み後の内皮化の遅れと,DES の構成コンポーネントの一つであるポリマーへの過敏性反応
( hypersensitivity reaction ) が惹起され好酸球の浸潤 ( eosinophilic infiltration ) を伴う強い炎症の関与が指摘されている[47]。
DES 植え込み後の内皮化の遷延については,経時的な血管内視鏡所見に基づき本邦から明らかにされた[48,49]。日本人におけるST症例を解析したRESTART
レジストリの造影所見の解析から,ST 発生時の造影所見において高率にステント外への造影剤の染み出し所見 ( peri-stent contrast Staining
: PSS ) が認められたとKozuma らは報告している[50]。炎症によって血管壁の構造が変化しpositive
remodeling が起こり,冠動脈造影で同定される場合にはPSS や冠動脈瘤として認識され,血管内超音波 ( IVUS ) で同定される場合には遅発性のステント圧着不良
( late-acquired incomplete stent apposition ) として認識される[51]。このように背景に炎症性反応がある上に,外科手術や抗血小板剤の中止などの修飾因子が加わるとステント血栓症に移行するものと推察されている[52]。
DES に残された最大の懸念事項であるvery late
ST であるが,その問題が解決に向かう希望も見えている。第2世代のDES であるeverolimus-eluting stent において従来の第1世代のDES
に比してステント血栓症の頻度が少ないことが報告されている[53]。また,very
late ST の発生メカニズムには耐久性のあるポリマー ( durable polymer ) への免疫反応が関与しているものと推定されているが,次世代ステントのNobori® biolimus
A9-eluting stent は,生体吸収性ポリマー ( biodegradable polymer ) を用いている[54]。この新しいポリマーがvery
late ST の発生頻度減少に寄与するかどうかの長期的なフォローアップデータも結果が待たれる。
ST の予防のために2剤の抗血小板療法 ( DAPT ) ,すなわちアスピリンとチエノピリジン系
( チクロピジンまたはクロピドグレル ) の薬剤を継続すべき期間については明確な結論がない。チエノピリジン系薬剤の中止が血栓症を誘発するのではないかとの懸念があるからである。一方でDAPT
を継続することは出血性合併症を増す危険性を内在している。血栓性イベントの予防と,出血性合併症増加という,相反する2つの問題のトレードオフで比較すべき問題である。出血性合併症,患者の怠薬,外科手術,チエノピリジンへのアレルギー反応,費用問題,これらに由来する早期のDAPT
の中止が強いST の予測因子であることについてはコンセンサスが得られている[42,55–57]。これらの報告により米国のFDA
のパネルは1年間のDAPT 継続を推奨した[58]。DAPT
の中止がST につながるのは植え込み後6ヵ月以内に限られ,それ以降ではST 増加の予測因子ではないことが報告されている[57,59,60]。
この中で本邦からのデータであるj–Cypher
レジストリの結果を紹介する[60]。DAPT
を持続した群と,チエノピリジン系の薬剤のみを中止した群での植え込み後の各時期別に,ST の頻度を検討したところ,6ヵ月以降においては両群間に有意差がなかった。プロペンシティ・スコア解析を用いて背景を補正し,両群間で死亡・心筋梗塞の発生を比較しても差はなかった。このj–Cypher
レジストリの結果は,6ヵ月でのチエノピリジン系の薬剤の中止を積極的に提唱するものではないが,少なくともチエノピリジン系薬剤の中止がST の増加をきたさないことを示している。韓国のPark
はDES 植え込み後,1年間はDAPT を行い,その時点で2剤継続とアスピリン単独にランダマイズした研究を2,701例の患者で施行した。その結果では,1年の時点でアスピリン単独にしても死亡や心筋梗塞の発症といったイベントの増加がないことが示された[61]。これらの結果からもDES
植え込み後に6ヵ月や1年などの一定時間を経てから,チエノピリジン系の薬剤を中止しアスピリン単独にしてもST は増加させないと考えられる。
またチエノピリジン系の抗血小板剤についても問題点の提起と新規薬剤の開発がある。一部の患者にクロピドグレル低反応性がみられるということが報告され,問題となっている。クロピドグレルは肝臓のCYP
で代謝されて活性化するが,CYP2C19 遺伝子多型により薬効が異なる可能性があるとされる[62]。さらに日本人には,このクロピドグレル低反応性の患者が多いことが報告されている[63]。クロピドグレルと同じチエノピリジン系薬剤のprasugrel
は,低反応性がなく,効果発現も早いとされており[64],2011年1月現在本邦では臨床治験第III
相を実施している。欧州では2009年2月に承認,米国では2009年7月にPCI を施行されるACS 患者に対して血栓性心血管イベントの抑制が適応として承認された。
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DES と生命予後 |
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DES における日本人でのエビデンス−j–Cypherレジストリ |
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本稿の最後にj–Cypher レジストリと,そのサブ解析について紹介する。このレジストリは,2004年8月から2006年11月の期間にSES
の留置を試みた連続症例を,適応外使用例も含めて登録したものである。このレジストリからは主論文であるST とDAPT の関係についてだけでなく[60],多くのサブ解析が行われ論文化されている。
Toyofuku らは,非保護左主幹部病変におけるSES
を用いたPCI について報告した[77]。Abe
らはSES 植え込み後の再狭窄に対してSES を再び用いることが,バルーンによるPCI に比べれ優れていることを報告した[78]。Kimura
らはSES 後の外科手術の頻度と周術期のST の関係について報告した[79]。Shirai
らはステント長とSES 植え込み後の予後の関係について[80],Nakagawa
らはSES 植込み後の遅発性の再狭窄すなわちlate catch-up 現象について解析した[81]。Kawaguchi
らは急性冠症候群におけるSES の役割について[82],Ozasa
らはSES を用いてPCI を受けた患者でのβ遮断薬の影響について解析した[83]。
これらの一連の解析は,日本人におけるDES データという意味だけでなく,情報発信として意義深い。質の高いデータベースがいったん完成すれば,多くの解析・情報発信ができることを明示したことも強調したい。今後もPCI 領域で日本発の質の高いエビデンス構築が進むことを切に希望する。 |