Oct.1 2012
Scientific Session 10. Blood Pressure Target in Diabetes
糖尿病患者の降圧目標 Peter Rothwell氏 Mark Cooper氏 高血圧患者においては糖尿病の合併は心血管疾患リスクが増大することが指摘されており,大血管障害のみならず細小血管障害予防の観点からも血圧の厳格な管理が求められている。一方,降圧症例における不良な転帰が近年報告されはじめ,糖尿病合併高血圧症例における降圧治療が,はたして“the lower the better”なのかが議論の的となってきている。
糖尿病患者の降圧目標-the lower the better 消極的立場から(Guiseppe Mancia氏, Italy) 積極的立場から(Bryan Williams氏, UK) 中立的立場から(Stephen Harrap, Australia) 糖尿病の長期罹患は高血圧患者の死亡リスクを増加させるEnayet K Chowdhury氏 高血圧患者において糖尿病の長期合併は有害事象を増加させることが示された。メルボルン・Monash大学のEnayet K Chowdhury氏は,ANBP2(Second Australian National Blood Pressure) の10年間の追跡研究から,高血圧患者における糖尿病合併と10年死亡リスクとの関係を報告した。ANBP2(追跡期間中央値4.1年)において,登録時に糖尿病を罹病していた人(罹患例,7%),試験期間中に新規発症した人(新規発症例,6%),試験期間中に糖尿病を発症しなかった人(非発症例)で比較すると,罹患例の10年間の全死亡リスクは,非発症例の1.5倍であった(ハザード比1.51,95%信頼区間1.29-1.76,P<0.001)。非発症例と新規発症例では死亡リスクは同等であった。また,ACE阻害薬群は利尿薬群よりも糖尿病の新規発症リスクが31%低かった。 糖尿病患者では家庭血圧を用いて血圧管理をすべきである野口雄一氏 糖尿病患者の血圧測定には,家庭血圧と診察室血圧のどちらを用いるべきだろうか。埼玉医科大学の野口雄一氏は,HOMED-BP(Hypertension Objective Treatment Based on Measurement by Electronic Devices of Blood Pressure)試験から,糖尿病患者における血圧モニタリングの心血管イベント予測能を比較した結果,および耐糖能異常+糖尿病患者のサブ解析結果を発表した。心血管イベントは糖尿病例の11.2/1,000人・年,前糖尿病例の8.1/1,000人・年,非糖尿病例の4.6/1,000人・年であった。血圧値の1標準偏差上昇と心イベント発症に有意な関連がみられたのは,糖尿病例では登録時家庭血圧と治療中のイベント直前(最終通院時)家庭血圧,前糖尿病例では治療中のイベント直前(最終通院時)診察室血圧,非糖尿病例では治療中のイベント直前(最終通院時)の家庭血圧であった。このことから野口氏は糖尿病例でも,家庭血圧によって血圧管理を行うべきであるとした。 1型糖尿病患者では24時間中心血圧がアルブミン尿の程度,罹病期間により上昇するSimone Theilade氏 1型糖尿病患者において24時間自由行動下中心収縮期血圧(CASP)は,微量アルブミン尿,糖尿病罹病期間,大血管・細小血管合併症と関係があるのか。世界有数の糖尿病専門施設であるSteno Diabetes Center(デンマーク)のSimone Theilade氏は,白人1型糖尿病患者を対象として,罹病期間10年未満,正常尿,降圧薬治療を受けていない人 (SN群), 罹病期間10年以上,正常尿の人 (LN群), 微量アルブミン尿の人 (Mi群), 顕性蛋白尿の人 (Ma群)と,対照とした非糖尿病の人 (C群)で断面調査を行った。24時間血圧は腕時計型血圧測定装置BProをもちい,24時間上腕収縮期血圧(SBP),24時間 CASP,中心血圧と上腕血圧の夜間の血圧低下を評価した。24時間平均CASPは,C群114mmHg,SN群115mmHg,LN群121mmHg,Mi群119mmHg,Ma群122mmHgで,アルブミン尿の悪化と糖尿病罹病期間の増加に伴って上昇することが示された。また中心血圧の夜間の血圧低下は,それぞれ10.0%,11.1%,8.7%,8.9%,6.6%で,罹病期間,アルブミン尿の程度と有意な関連は示さなかった。さらに,24時間CASPは心血管疾患(CVD),左室肥大,自律神経障害と,中心血圧の夜間血圧の低下はCVD,自律神経障害と関連していた。 収縮期血圧の変動性は2型糖尿病患者の大血管・細小血管合併症いずれとも関連するJun Hata氏 収縮期血圧(SBP)の変動性が大血管疾患の予測因子であることが示されているが,細小血管合併症は予測するのか。シドニー大学のJun Hata (秦 淳) 氏は,2型糖尿病患者への降圧治療と強力血糖コントロールの有効性を検討したADVANCE試験登録症例のうち,試験開始から2年間,イベントが発生しなかった症例を用いて外来受診日間の血圧変動性を検討した。ランダム化後2年間における6回の血圧測定で得られたSBPの標準偏差とSBP最大値を用いて定義した変動性により,対象集団を10分割し,その後の2.4年間(中央値)の,大血管・細小血管イベントとSBPの変動性との関連を検討したところ,変動性が大きくなるほど,イベント発症リスクが高くなることが示された。SBP変動性は,非致死性心筋梗塞や心血管死との関連が,非致死性脳卒中との関連より強く,また,細小血管では網膜症より腎症への影響のほうが大きいことも示された。
■ ディベート
糖尿病患者の降圧目標-the lower the better 消極的立場から ( Guiseppe Mancia氏, Italy )
「糖尿病患者の積極的降圧に関するエビデンスは不十分で,今後は目標値を上げるべき」Guiseppe Mancia氏 Milan-Bicocca大学のGuiseppe Mancia氏は,糖尿病患者の“the lower the better”に否定的な立場から発言。糖尿病患者については現在,多くのガイドラインで<140/90mmHgより低い降圧目標が推奨されているが,今後は慎重に考え,目標値を上げるべきだと主張した。糖尿病患者での“the lower the better”は疫学研究の結果をもとに提唱されてきたが,降圧目標について,臨床試験のデータを抜きに議論することはできない。Mancia氏はこれまでの臨床試験結果を総括し,ADVANCEなどから<140/90mmHgのエビデンスが確立している一方で,<130/80mmHgについては,試験規模が小さい(ABCD),積極的降圧群での有害事象増加(ACCORD),post hoc解析でのJカーブ現象(INVEST,ONTARGET)などの理由から「よいエビデンスはない」と結論づけた。Jカーブ現象には懐疑的な意見が多いが,完全に否定するのも難しく,糖尿病などにより臓器障害のリスクが高い患者では,通常よりも高い値から「下げすぎ」の弊害が現われる可能性がある。また,降圧による脳と心臓への影響には違いがあり,ONTARGETやINVESTからは,降圧により脳卒中リスクが低下した一方で,心筋梗塞など脳卒中以外のエンドポイントはJカーブ現象を示すという矛盾した結果が出ていることを指摘した。
積極的立場から ( Bryan Williams氏, UK )
「若い患者や合併症リスクの高い患者には,早期から積極的な降圧を」Bryan Williams氏 糖尿病患者の“the lower the better”に賛成の立場から発言したのはBryan Williams氏(University College London)。糖尿病の複雑かつ多様な病態生理を考慮すれば,多くの患者,とくに若い患者では早期からの積極的な降圧が有益なことは明らかだと主張した。糖尿病患者では,血圧の上昇によって細小血管障害に対する脆弱性の増加,自律神経機能障害を経た血圧変動性の増加や動脈硬化,さらにはその結果としての標的臓器障害などさまざまな病態が生じ,心血管疾患や死亡のリスクが増加する。これを防ぐためには降圧治療が唯一の手立てであり,ガイドラインにおける“the lower the better”も,こうした病態生理をふまえた概念である。とはいえ,診察室血圧値のみでの評価は難しく,たとえば糖尿病患者で微量アルブミン尿がある場合,診察時の血圧が正常であったとしても,すでに夜間降圧不十分や臓器障害が生じている可能性が高い。Williams氏は,「もし患者が18歳や30歳だったらと考えてみてほしい。140/90mmHgまで治療を待っていては,取り返しのつかない段階まで臓器障害が進行してしまう」と述べ,現在のガイドラインのように糖尿病患者全員に対して同じ降圧目標値を用いるのはおかしいと指摘。積極的降圧に関するエビデンスは十分とはいえないものの,病態生理学的な観点からは,とくに若い患者,脳卒中や腎障害リスクの高い患者などには早期から積極的な降圧を試みるべきであり,一方で高齢者には慎重な姿勢をとるなど,目の前の患者をみて治療方針を決定する考え方が必要であると結んだ。
中立的立場から ( Stephen Harrap氏, AUS )
「ガイドラインと臨床現場のギャップを埋めることが重要」Stephen Harrap氏 “the lower the better”に中立の立場で登壇したのは,ISHの会長であるStephen Harrap氏(University of Melbourne)。まずは,「目標血圧値は140と130の中間をとって135mmHgでどうでしょうか」と会場の笑いを誘った。氏は降圧目標値の問題は,ガイドライン(GL)が専門施設で選別された患者において実施されたランダム化比較試験の結果に基づいて作成されており,臨床現場を反映していないところにあると述べた。新旧の試験を比較し,以前の試験にくらべ最近の試験は小規模でイベント発生も少ないため,特定の疑問に答えるべく十分な検出力のあるデータがないとしながら,「有効性のエビデンスが不十分ということは,有効性はないというエビデンスになるのか」と疑問を呈した。科学的であるがゆえに信頼できるのが臨床試験データであるが,経験的に積み上げられた知識との間に立つ中立的な立場からは,双方の信頼性と妥当性が疑問視されている。GLの推奨はGLが想定している状況では患者に使用されないことを作成者は理解すべきで,“the lower the better”のコンセプトを明確にし,降圧目標値は単なる一般的推奨にすぎないと改めて認識すべきである。臨床医の視線ももった中立的な立場からGLが作成されれば,GLはもっと有効活用されるはずであると結論した。 ▲UP
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